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 アメリカは日本がいつも言いにくそうに口にする「ちょこれいと」の発音が好きだ。怒っていてもその音を思い出すとふにゃっと力が抜ける。
「いつもアメリカさんばかりで申し訳ないんですけど」
「うん」
 まったく何の話なのか見当もつかずに半分以上途方に暮れていたアメリカの耳に飛び込んできた信じられない一言。
「いらっしゃいませんか」
「えっ!」
 いや、待て。これはいつものパターンじゃないか? いいと思わせて全否定って言う。
「あの、アメリカさん?」
「ごめん、ちょっと待って」
 わたわたとむやみに部屋中を歩きまわりながらアメリカは考えた。
 いらっしゃいませんか、って来てもいいですよ的な意味だよな。来るなってことじゃないよな。マジで? 初めて誘ってくれた? ほんとに?
「日本、確認していい?」
「はい、なんでしょう」
 すぅっと大きく息を吸って、アメリカは一息に言った。
「遊びに行ってもいいってことだよね?」
「生クリームもちょこれいともなくてよろしければですけど」
「そんなのいらないよっ! ねぇっ、行ってもいいってことだよね?」
 再度勢い込んで尋ねるアメリカの身体中に日本の笑いを含んだ声が響き渡る。
「来てくださると嬉しいです」
 アメリカは今度こそ携帯電話を放り投げたくなった。さっきとはまったく違う意味で。
 いやっほぅっ!
「待っててっ、日本! すぐに行くからっ! 待っててよ!」
「はい、お待ちしていますよ」
 アメリカの興奮しきった声に日本が苦笑しているのがわかる。でもこの笑い方は困っていない。それくらいはわかる。本当に待っていてくれるんだ。
「もう切るね、電話。ねぇ、切るよ。切って」
 めったにくれない電話。初めての誘い。優しい声。電話を切るにきれなくて、アメリカは日本にお願いした。
「はい。慌てると怪我をしますから、気をつけて来てくださいね」
「うん、わかってる」
 携帯を肩に挟み、ボストンバックの中に着替えを詰めていく。
「それでは、また後で」
「うん、あとで!」
 携帯を切ってしまうとアメリカは大急ぎで用意をしていく。下着、靴下、Tシャツ。おっと、シャーバーは持って行かなきゃ。日本は髭が薄くてほとんど生えていない。寝起きでさえ目をこらさなくては髭が見えないほどいつもつるりとした綺麗な肌をしていた。
「あ」
 日本の顔を思い浮かべて気がついた。
「さようなら、って言わなかった」
 また後で、って約束をくれた。アメリカを有頂天にさせる約束をくれた。
 半日後には会える。今度は押しかけて行くんじゃない。日本が待っていてくれる。そう考えるだけでいつもと気分が違う。
 カステラ最高! ご近所さん最高! 気持ちが高揚して指先がじんじん痺れた。
 今からなら真夜中に出る飛行機に間に合うはずだ。玄関先のポールハンガーから帽子をとり、アメリカはまずは地下鉄の駅に向かって、まだ賑わっている夜の街を走り出した。