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ウサギとカメ (Fairy Tales epi.1張遼)

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 あの長い戦から離れ、猫族との暮らしを始めた張遼。料理の得意な彼は、既に猫族専属の料理人と化していた。夕食の下拵えを終え、関羽の姿が見えないからと探しに出た張遼は、ほどなく大きな木の下に座って何かを手にしている彼女の姿を発見した。
 彼女の栗色の髪を目にした瞬間、いつも浮かべている微笑みがいっそう甘やかなものになる。それはもはや習性だったが、本人はおろかその恋人の関羽さえ知らぬそれに気づいているのは、彼らに親しいごく僅かな者だけだ。もっとも彼らは、馬に蹴られるのはごめんだという至極まっとうな判断のもとで沈黙を保っている。

「関羽さん」
「あ、張遼。夕飯の支度?」
「ええ。下拵えが終わったので、少し、休憩ですね」
「なんだか貴方に任せっきりで、悪いわ」
「いえ。好きでやっていることですし、皆さんに喜んで頂けるのは嬉しいですから。……それより、何か読んでいたのですか?」

 関羽の隣に腰をおろした張遼の視線の先には、関羽が手にしているものがあった。文字がびっしり書いてある。何か難しい書物だろうかと思ったのだが、張遼の予想とは反対に関羽は緩い笑みでもってそれを否定した。

「童話よ。子供向けのお話。異国の物語らしいけれど」
「異国の? それは興味深いですね。どういった話なんです?」
「ウサギとカメっていう題みたい」
「ウサギとカメ……ですか。なんだか突飛な組み合わせですね」
「ふふ、言われてみれば、そうね」

 陸に住む生き物と水に住む生き物。本当なら交わらないはずのそれら。関羽が子供に言い聞かせるような心地よい調子で、その物語を語ってくれた。

 神様の従者だったウサギとカメ。ある日二匹は、どちらが早く山の頂に辿り着くか、かけくらべをしようということになった。足の早いウサギはカメに勝てると信じて疑わず、実際かけくらべが始まって、ウサギはあっという間にカメから離れてしまう。こんなに離れているのだからと油断したウサギは昼寝をする。しかしその間もこつこつと歩みを止めないカメは、とうとう寝ているウサギを追い越し、結局ウサギよりも早く山頂に辿り着く。その褒美にと、カメは万年の命を与えられる――。