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認識の差異、齟齬

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眼が合った。
 虹彩に対して瞳孔の割合が多く魚にも似た特徴的な瞳は直後、照準を絞るように縮まる。ビクリ、と身を竦ませたのは彼女自身の恐怖からではなく、
――逃げるのよ逃げなさい逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
彼女に巣食う妖刀の戦慄からだった。

 勿論その場から逃走し周囲から奇異の眼で見られるわけにもいかず、竜ヶ峰帝人と彼を恐れる罪歌との間にいながら、園原杏里は彼とその幼馴染の少年と友情を築きつつある。杏里からすれば全くを以って帝人は普通の、極一般的な、模範的な一介の高校生でしかない。罪歌の愛の歌を聞き流し続ける自分の方が余程に異常だろうと思うのだが、あれから罪歌は彼に怯え続けている。何故に罪歌が彼に恐怖するのか理解出来ない杏里は内心で首を傾げながら逃走を要求してくる罪歌の声を無視し続けた。何にせよ罪歌が友人達を傷つけないようなので安堵しつつ、少し前をいつものように友人とじゃれ合いながら歩く彼を見る。間を置かずに彼は振り返り杏里を見て、どうしたの、と首を傾げた。何でもないです、そう返せば一瞬だけあの照準を絞るような眼をして、瞬き1つで元に戻る。
 耳を覆いたくなるような罪歌の悲鳴に思わず顔を顰めた。










 後にリッパーナイトと呼ばれる、杏里が力を手に入れたその晩のことである。
――逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
首無しライダーことセルティ・ストゥルルソンと和解し、さて帰るかという時に罪歌が悲鳴を上げた。セルティもやや緊張した様子で杏里を背後に庇い、最悪の場合はシューターに乗って逃げろ、とPDAに打ち込んで画面を此方へ向けてくる。ヘルメットは杏里ではなく蛍光灯の更に向こうを睨んでいるように見え、応戦出来るように罪歌を掌から引き摺りだしてみれば悲鳴に伴って震えて、振動が杏里の手にまで移った。やがて灯りの下へ現れた相手に、それでも杏里の視界に脅威は映らない。罪歌やセルティが警戒する相手が見えないのではなく、視界に在る対象に脅威を感じないのだ。
「こんばんわ」
 見慣れた制服ではなく私服姿の帝人が此方へ微笑んでいた。
『何で此処にいる、帝人』
 どうやら2人は既知らしく、しかし雰囲気からすると親しいわけでもないようだ。セルティが一方的に帝人を危険視している印象を受けるが杏里にとって帝人は無害で、罪歌のみならずセルティまでもが彼を警戒する理由が分からない。
 この際だから訊いておいた方が良いかも知れない。セルティは罪歌と違って会話も出来るし帝人もどうやら異形に抵抗がない、ならいっそ、と考えて、しかし帝人の眼を見て背筋に薄ら寒い感覚が走る。魚の瞳が照準を罪歌へと絞り、やや開いた瞳孔が底なし沼の如く彼女を呑もうとしていた。
――イヤあああああああああああああッ
咄嗟に罪歌を体内へ戻せば絶叫、悲鳴が身体中で反響する。
「何で此処に、なんて分かりきったことを訊くんですね」
腕だけでなく全身が震えた。
「晩餐に来たんです」
否応なく知らされる友人の目的にいつもの愛の歌は遠く、悲鳴も嘆願も理解出来るからこそ客観視が追いつかず引き摺られそうになる。しかし罪歌の要望通り逃げてその後をどうしろというのか。同校に通い同級にあり委員会まで同じ、何より互いの住所も知っている程度の仲である。
 逃げ場はない、なら戦うまでだ。
「……帝人君は何者なんですか」
「人間、って言ったら信じてくれるかな」
セルティを見れば頷くようにヘルメットを傾げ、罪歌も慄きはしても嫌悪の言葉は吐かない。
「――――信じます」
彼は人間だ。
「うん、人間なんだけど、強いて言うなら異食症なんだ」
『お前を異食症で片づけるな』
その彼が、愛すべき人間が灯りの外へ踏み込んできて、しかし罪歌の悲鳴が爆発する。
「異形とか怪異とかを食べたくなる症状、みたいなものを持ってるんだ」
だから罪歌が逃走を要求しセルティまでが彼を警戒するのか、と納得する傍ら、相当に不利な、窮地と言っても過言ではない状況に陥っていることも分かった。
 この場を力尽くで乗り切るならば杏里は罪歌を使わねばならず、しかしそれは帝人に罪歌を奪われる機を増やすことになる。罪歌の娘達を使うにしても本体である罪歌が逃げろとばかり叫ぶのでどうなるかは知れず、この場で試すのは危険が大き過ぎる。彼がどういった手で罪歌を奪取するのか分からない以上、下手に動いて帝人を刺激するのも得策ではないだろう。被捕食対象として既に接触した経験のあるセルティが鎌も出さずに逃げる機会を窺っているのだから、それに倣っておいてその間に自分なりの対処法を探るべきだ。
 そこまで考えて杏里は矛盾に気づいた。
「どうしてセルティさんは食べられてないんですか」
既知だというのにセルティは食われずに健在で、帝人の照準は杏里の内にある罪歌に固定されている。それを分かっていてかセルティは杏里を背後に庇って応戦してくれようともしている。つまり、帝人はこの場でセルティを食うつもりはない。それを指摘すれば彼は手の内を明かした。
「どんな理由があっても新羅さんが死ぬまでセルティさんを食べない、って約束してるんだ」
『口約束だがな』
「でも食べたら新羅さんに死ぬより酷い目に遭わされるじゃないですか、だったら70~80年くらい待ちますよ」
自分が可愛いので、というその台詞をセルティも信用しているらしい。ならば罪歌を食うこと、食おうとすることによって生じる実害が食欲に勝れば帝人は罪歌を諦める、もしくは当面だけでも食わないと保障する筈だ。
「……確認ですが帝人君は人間なんですよね」
「うん」
少し考えて、杏里は自分を庇うセルティより前に歩み出た。
――何をしてるの嫌よ逃げるの逃げて
 嫌がる罪歌を無視して左掌から柄を覗かせ、片足を半歩前へ送る。
「私は今、罪歌を手放す気になれません。諦めてくれませんか」
「もし、嫌だって言ったら」
「斬ります」
柄を握り、正しい形は知らないが、否、そもそも鞘などないのだから正しい形になる由もないのだが居合いの構えを作る。
「罪歌のことは知ってるんですよね」
――怖い嫌どうして戦おうとするの逃げましょうお願いだから
「帝人君が人間なら愛せる筈です」
帝人へ脅しをかけつつ、罪歌を宥めれば考え込んでいるのか声が随分と弱くなった。しかし帝人が杏里ごと食おうとしているなら話が変わっくる。刀を避けて腕を落とせば良いだけのことだ、妖刀のついでに寄生虫の肉まで手に入る。よくもまあ今までこの捕食者を前に何も感じずにいたと自分に呆れていると、
「そっか、じゃあしばらくは我慢するよ」
帝人はあっさりと退いた。
「え?」
何を言われたか理解出来ずに構えたままでいるのに、夜は危ないから気をつけてね、と言葉までつけ加えて帝人は杏里に背を向ける。
「あの、食べないんですか?」
「食べて良いの?」
「いえ……、でも」
「納得いかない?」
 追われる側の杏里が追う側の帝人を引き止め、引き止められた彼は肩を竦めて振り返った。灯のすぐ手前にいる帝人の顔は、逆光に近いそれで窺えない。
「僕は弱いから、園原さん達みたいな場合は隙を突いて奪い取るしかないんだ」
「……何でそうしなかったんですか」
作品名:認識の差異、齟齬 作家名:NiLi