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いばらの森

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 ことさら大きく響くように、アルフォンスは呼んだ。
 エドワードを男だと認識させるためにだ。いや、正確には誤認させるために。
「……ん…」
「もう、しっかりしてよ!目を開けたまま寝ないでくれる?」
「…寝てねぇよ」
「寝てるのと一緒だよそんなの。ねぇ、とにかく、イーストシティに行くからね?」
 わかった?、と念を押せば、…エドワードはふいと首を背けて、うんでもすんでもない。
「聞いてるの、にいさん!」
「…聞いてる」
「とにかく、もうボクが決めたから。行くの、決定だから」
「………」
「それが嫌なら、なんでそんなにボケーっとしてるのか説明して」
「…ボケっとなんか」
「してないとかって全然認められないから言っとくけど」
 認めない、という声にこもった本気を感じ取り、エドワードは渋々といった態で弟に向き直った。
 …形の良い唇が、不思議と潤って見えた。そんなはずもないのに…。
「…わかった。イーストシティに行く」
「…………あっそう!」
 かなり頭に来ているらしく、アルフォンスの返答は爆発寸前だ。
 だが、普段ならそれに突っかかるはずのエドワードが、反応なくまた外を向いてしまった。
 そんな弱々しい姿を見せられてはもうどうしようもなくて、アルフォンスもまた拗ねた気持ちで窓の向こうを見るのだった。
 秋晴れの青空がそこには広がっていた。


 汽車を乗り継ぎ乗り継ぎ、彼等がイーストへ着いたのは、随分と冷える夕方のことだった。とうに日は落ち、冷たい風の吹く街路には家路を急ぐ人の姿も既にまばらになっていた。皆足早に、口数少なく歩を速めるその街角で、エドワードはコートの袷をかき合わせながらとぼとぼと歩いていた。あまりにも覇気がないので、苛立ったアルフォンスはいっそ担いで運ぼうかと思ったが、寸での所で思い留まった。
 しかし思い留まったのは、別に外聞がどうとかいったことが原因ではない。単純に…、

「鋼の!」

 慌てて飛び出してきたのか髪は幾分乱れ、ほんの少しだけ頬が紅潮している。息が白く上がり、黒いコートの袷は当然のように開けられている。大股に、ほとんど走ってくるのに近い勢いで近くなる男の姿に、エドワードは足を止めた。そして呆然と目を見開き、近づいてくる人の姿を食い入るように見つめる。
「大丈夫か、君、その…、聞いたぞ」
「………………………………………たいさ…………?」
「? あ、ああ…、どうした?ああ、こんな薄着で寒いだろうに…」
 ぼんやりと舌足らずに呼ぶ声を聞き、ロイは苦しげに目を眇めた。そして常と変わらぬエドワードの服装に目を留め、しかし自分のコートを羽織らせるわけにも行かないことに気付いたらしい、困ったような苛立ったような態度をのぞかせた。
 しかしエドワードはただじっと見つめるばかりで、それ以上何も言おうとしないのだった。
「…鋼の? …本当に大丈夫か…?」
 いよいよ心配になったに違いない。とうとう、彼は膝を折り、下から覗き込むようにエドワードを見上げた。そして躊躇いがちにその細い肩を捕まえる。やんわりと、壊れ物に触るような態度で。
 …こんな風に裏なく心配そうな態度を見せられては、アルフォンスももはや彼に疑念のこもった目を向けることは出来なくて、…苦笑いしながら脇から口を挟んだ。
「…こんばんは。大佐」
「あっ、…こんばんは、アルフォンス。…すまない、…みっともないな、私は」
 そこで、彼は、自分がアルフォンスを無視していたことにようやく気付いたらしい。ばつが悪そうな顔で苦笑して、そのままの体勢でアルフォンスを見上げる。
 その表情からは「女に慣れた遊び人の男」などという風評は欠片も思い浮かべることが出来なくて、アルフォンスは意外さに目を瞠った―――気分的には。
「いえ…あの、迎えに来てくださったんですか?ありがとうございます」
「いや…」
 ロイは困ったように苦笑し、視線をエドワードに戻した。
「…たいさ、」
 と、人形のように固まっていたエドワードの顔が、くしゃり、と歪む。
「は、鋼の?!」
「にいさん?」
 エドワードは下唇をぎゅっと噛んで、目を力いっぱいに閉じた。そのまま小さく「うー」と唸る。どうにかして泣くのを堪えているのは、聞かなくてもわかる。アルフォンスは困ったように「どうしたの」とやさしく問いかけ、ロイはといえば、…
「…エドワード」
 膝を地についたまま、エドワードの頭をそっと抱き寄せた。そして腕の中、いや、自分の肩の上に小さな額をおさめて、ぽんぽん、と頭や背中をあやすようにたたきながら、ひどくやさしげな声で呼ぶ。
 銘でなく、本当の名前を。
「…………」
 そのことにアルフォンスが息を呑んでいると(あくまで、気分だけ)、エドワードのしゃくりあげる声がして、それまで動いていなかった手が、恐る恐るではあったけれど、ロイのコートを捕まえた。その手はいくらか震えているようでもあった。
 ロイは必死に、苦しそうに泣く少女の髪を何度も撫でてやりながら、大丈夫、と慈しみのこもった声で繰り返していた。
 その光景は、充分にアルフォンスの予想を超えるものだった。

 ようやく落ち着いたらしいエドワードを伴って、ロイがやってきたのは、人が多く行き交う司令部ではなく、彼の自宅だった。一番人目につかないと言われれば、確かにとアルフォンスも納得する他なかった。
「飲めるかい?」
 大き目のカップからは湯気が立っていた。もしもアルフォンスに今嗅覚があったなら、そこからいくらか甘い香りがしていることに気付いただろう。
「…これ、なに…」
「レモネード」
 こともなげに答えるロイは、上着を脱いで、ワイシャツ姿になっていた。彼は帰宅するなりカーテンを閉め(もう大分暗くなっていたせいもある)、明かりをつけ、エドワードをソファに座らせるとキッチンへ立った。アルフォンスはといえば、エドワードに並んで座って待っていた。きょろきょろと部屋の中を見回し、男の一人暮らしにしては随分片付いている気がするな、と思う。もしかして誰か片付けに来てくれているのかな、とも。
 そうやって疑念の固まりになっていたアルフォンスと、もう泣いてはいないがどこかぼんやりしているエドワードの前に、カップと…クロスのようなものを持ってロイが現れたのは、割とすぐのことだった。
 彼は湯気の立つカップをエドワードに持たせた後、アルフォンスにオレンジ色の、金属を磨く用途のものと思われるクロスを差し出した。
「余計なことかもしれないが…すこし体を拭かないか?気分だけでもすっきりするだろう。…あぁ、鋼の、熱いからよく冷ましてから」
 両手でカップを握り締め、今まさに口をつけようとしていたエドワードに注意を促し、ロイは姉弟の向かいに腰を下ろした。アルフォンスは礼を言ってクロスを受け取り、軽く腕などを拭く。勿論感覚はないが、そうして磨くと、なんだか気分がさっぱりするのは確かだった。
 姉だけではなく自分にももたらされるロイの自然な気遣いに、アルフォンスは暖かい気持ちになる。
「ちょうど、今日レモンをもらってね。蜂蜜は三日前くらいにもらったビスケットについていた」
「…なにそれ。へんなのもらうな…こんな都会なのに」
作品名:いばらの森 作家名:スサ