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Bijoux

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 誰もが早足になる冬の雑踏。けれどそのせわしなさには、殺伐とした雰囲気よりも浮き足立つような気配の方が強い。年末が近い時期はいつもそうだ。誰しもが、年末年始の休暇を、ゆっくりと味わう非日常を心待ちにしているのがよくわかるような…。
 何となくつま先を揃えて立ち止まり、少年は空を見上げる。星は見えない。重く空を覆う雲は夜になっても晴れず、まだ雪が降るような気温ではないように思うのだけれど、案外わからない。これから夜半に向けて、冷えることはあっても暖かくなることはないだろう。
「…さむ」
 コートの袷をかきあわせて、金色のまつげを上下させる。息は白く視界を染めた。
 店からは年末休暇に向けてのにぎわい。この時期のこの喧噪は、きらきらして暖かくて嫌いではない。…嫌いではないけれど、同時にもはや帰ることのない幸福な時代のことも思い出させるからちくりと胸が痛くなったりもする。
 ごーん、と時を告げるように鐘が鳴った。こんな時間になんだろうと思うが、ちょうど通りがかったホテルのロビーから鐘の音に続いて華奢で陰のない音で紡がれた絢爛なメロディが聞こえてきて何となく理解する。オルゴールは決まった時間になるようになっているらしい。
 それにしてもと夢見るような音楽に耳を傾けながら少年は思った。オーケストラ並に音幅の広い豪華な音楽にしても高く澄んだ音のいずれをとっても、随分贅を尽くしたものではないかと。どこのホテルだとほとんど無意識で名前を確かめてしまったのはそのせいだったかもしれない。
「…スターリーホテル」
 音を確かめるように呟いてから、少年は建物からあふれる暖色の灯りを背にして歩き始めた。

 普段であれば遠慮会釈なし、ノックもなしにドアを開くのは当たり前のことなのだが、冬の夜はやけに静かで音が響くから、なんだか落ち着かなくて、いつもはどうしてたんだっけ、なんて考えてしまう。つまりは調子が狂っていたということになるだろうか。
「……」
 意識してしまうとよけいに中に入りづらい。うう、とうなってしまったら、中から声がかかる。まるで、外の様子が見えていたようなタイミングで。
「鋼のか? 入りなさい」
「…っ、」
 かっと頬に熱が上る。見透かされたのが恥ずかしかった、のだと思う。
 …たぶん?
「…よ、う! 相変わらず残業か、大佐殿は?」
 深呼吸をして、臨戦態勢を整えほとんど気破る勢いでドアを開く。そこでは執務机についた男が若干あきれたような、おもしろそうな顔をして頬杖を突いていた。ぱっとみたところ書類の片づけ具合は七三で処理済みが多いのだろうか。なかなか頑張っている、のかも?
「あいにく仕事ができると周りが放っておいてくれないんだ。君はドアの前で百面相とは楽しそうでいいな?」
 目を細めて言うのは、からかおうとしているのだろう。少年、エドワードはむっと唇をかみしめて、紅くなるなと頬に言い聞かせつつ反論を。
「何言ってんだ、妄想でもみてたんじゃねえの? 大丈夫なのかよ?」
 と、そこでロイは笑った。
「大丈夫だろう、君が心配してくれるなら。むしろ明日の天気の方が心配だね。君が! 私を! …いたわってくれるなんてね?」
「…っ! ば、ばかかっ…!」
 かっと顔を紅くしてそっぽを向いた少年に、部屋の主、マスタング大佐は面白がる色を消して笑いかけた。
「寒かっただろう。座りなさい。お茶くらいなら出せる」
「え、いいよ、別に。茶のみにきたわけじゃねえし…、」
「私が休憩したいんだ。つきあってはくれないか」
「……、しょ…しょうがねえな。つ、…つきあって、やろうじゃ、ねえの…」
 しどろもどろな言い方は絶対おかしかったはずだ。しかし、今度はロイはからかったりしなかった。ただうれしそうに笑って、ありがとう、そう答えただけで。

「…なんか…あまいにおいする」
 くんくん、と小動物のように鼻を動かす姿はどうにも子供っぽい。本人に気づかれないようにわずかに目を細めて、大佐は教えてやる。
「もらいものだよ。なんだったかな、キャラメルフレーバーだとか…」
「…はぁ?」
 エドワードは思いきり怪訝そうな顔で発言した男を見上げる。
「なにその…こじゃれた」
 その言い方がおかしくて、ロイ・マスタングは笑う。
「なんで笑うんだよ!」
「いや、…なんだかおかしくてね。すまない。私はにおいが甘すぎてだめなんだが、…喜んでもらえてよかったよ」
「…。誰にもらったんだよ」
「? さあ。頂きものはみんな一緒くたにおいてあるからな、もらったものだということしかわからんよ」
「ふーん…」
 ちろりと紅茶の水面をみる。暖かな紅い色は、どことなく不機嫌そうなエドワードの顔を映していた。
「…。さて。本題に入ろうか?」
 当たり前と言えば当たり前なのだが、ロイが大人だと感じるのはこういう時だった。さりげなく切り替えてくれるのは、エドワードの心情さえ慮ってのことなのだろうから。かなわないと、自分がひどく子供のような気持ちになってしまう。
「…おう」
 けれどそこで駄々をこねたら本当にただの子供だ。紅茶のカップをぎゅっと握りしめるようにして、エドワードも本来の用事に頭を
切り替える。
 元々、面会を希望したのは自分だった。決算やら処理すべき事件記録などがたまっているというロイは、夜なら少し時間がとれる、と譲歩してこうして時間をあけてくれている。休憩につきあってほしい、なんていうエドワードのための優しさまで準備して。
「大佐…、クリスタルに興味、ある?」
 まっすぐに見上げて問えば、ロイの黒い瞳が意外そうに見開かれた。だよな、と半ば納得するような気持ちになりながら、エドワードは一度唇を湿らせて、どうやって話したらいいだろうかと心に問う。
 どうしたら、ロイにわかってもらえるだろうかと。
「クリスタルというと、水晶のことか?」
 次の査定のネタかね、と不思議そうに首を傾げたロイに、ちがう、とエドワードは首を振った。
「そうじゃなくて…、ああ、えっと。クリスタルガラスのこと」
「ああ…。興味か…すまないがあまり興味はないかな。だがそれが…」
 君だってそうじゃないのかね、とロイの視線は尋ねていた。確かにと頷いてみせてから、エドワードは続ける。
「…実は、変な誘いがあるんだ」
 誘い、と言った瞬間、ぴくり、とロイの表情が動いた。え、と瞬きして見返しても際だった違いはなかったが、それでも雰囲気が少しとがったような…なんともいえない変化があった。
「大佐…?」
「うん? で、変な誘いというのは?」
「…? うん。クリスタルガラスの工房だっていうんだけど…」
 ロイは思案げに腕を組んだ。
 ――クリスタルガラスの工房?
「クリスタルガラスってさ。大佐ならワイングラスとか…そういうのでみてると思うけど、あれって実は意外と難しいらしいんだよな」
「まあ、確かに高価なものだがな」
 身分柄まったく縁がないとはいえない高級な料理店のグラスというグラスを思い浮かべながら、ロイは頷く。
「だろ? だから工房とかももっと透明度の高いクリスタルを、って研究してるらしいんだけどさ」
作品名:Bijoux 作家名:スサ