Bijoux
ロイは困惑気味に瞬きした。エドワードの言うことはわかるが、それでどうして変な誘いがあってロイに相談しなければならないのかはまだわからない。
「ガラスを作るときに鉛…酸化鉛を含ませることで透明度は上がるんだけど、もちろん鉛だけ入ってればいいってもんじゃない。組成は結構難しい」
「…ああ、…鉱物の組成…まさか、それで君に?」
エドワードの専攻が人体や鉱物であることはそんなに知られているわけでもない。人体は知られていても困るが、そもそもエドワードの場合存在が派手すぎて、専攻云々はあまり人が興味を抱くことではないのだ。
だから、本当に鉱物の組成の件で声がかけられたなら、誘いをかけてきた人物はエドワードの専攻について世間よりは知っているということになる。つまり、エドワード自身に興味を持っているということだ。
なんとなくおもしろくない、ということを、ロイは自覚していた。実におもしろくない事態だ。
「…? なんで大佐が怒ってんだよ」
「怒ってなどいない」
「そうかぁ?」
エドワードは困った顔で首を傾げた。なぜ相談している途中で機嫌が悪くなるのか、しかもそれを認めようとしないのか、エドワードにはさっぱりわからない。…ただ、そういう子供っぽい姿を見せてくれることは、何となくうれしい。さっきまでかなわない大人にしか見えなかったのにと思うと余計だった。
「…変といったな。何が変なんだ? 工房が君に――高名な鋼の錬金術師にアドバイスを求めた。…そういう話じゃないのか?」
おもしろくはないがおかしいことはない。ロイがそういえば、そうなんだけど…とエドワードは歯切れが悪い。
「どうした?」
「…。組成の助言ていうんだったら、まあ別によかったんだ。でも実は別の依頼もされてさ…」
「…別の依頼?」
またロイの声が低くなったような気がして、エドワードは眉をひそめる。もう一度ロイの顔を見るのだが、やはり表面的には違いがよくわからない。
「うん…、なあ。なんか怒ってるのか?」
「なぜ怒るんだ、私が」
「…だよな。でもなんか変だなって思って。…えっと、さ…その別の依頼って、モデルになってほしいって」
「…………………」
ロイは今度こそ難しい顔で黙り込んだ。
「なんなんだよ、さっきから。あっ…、わかった、オレがモデルとか笑えるって思ってんだろ! オレだってわかってるよんなこと!」
癇癪を起こしたようにエドワードが暴れ出せば、違う、とロイはようやく声を出した。
ただし、恐ろしく低い声ではあったが。思わず肩をすくめてしまうくらいには。
「…な、なに…」
「モデルとはなんだ? まさかヌードじゃあるまい?」
「ばっ…! あんたちょっと、…バカなのか?!」
そんなわけねえだろ、とエドワードは真っ赤になって怒鳴る。
「じゃあなんだ」
しかしロイはひるんだりしない。半ば逆上してもいた。
「なんだって…だから、オレもよくわかんねえんだよ…」
「わからない?」
エドワードは疲れた顔で頷いた。
「なんか…大佐なら見たことありそうだけど。オルゴールのでっかいやつでさ、人形とかが出てくるのあるじゃん?」
「鳩時計位ならわかるがな…」
「鳩時計…。まあ、大ざっぱに言えば同じだけどさ。オートマタっていうか」
エドワードは少しさめてしまったお茶に口をつけながら続けた。
「その人形のモデルだって。…でも、そういうのって普通女に言わないか?」
「…まあ、…一般的にはそうかもしれないが」
しかし君なら十分見応えはあるだろうーというのは心の中で付け加えて、ロイは腕組みする。
オルゴールに仕掛けるオートマタのモデルに、この少年を?
…どう考えてもあまり、…いい話に思えないのはなぜなのだろう。エドワードの前科のせいに違いない。
「…で、それをクリスタルガラスの工房から?」
当然の質問をすれば、違う、と少年は首を振った。
「だからそれがちょっとややこしくて…オレは別に、ガラス工房の方はいいかなって思ったんだ。息抜きになるし…アルが、ガラスとか見てさ、きれいだからみんなにあげようねとか言っててオレもそれはいやじゃなくて…、じゃなくて、それはよくて」
半分無意識に話してしまったらしく、最後にあわただしくごまかし始めるのはあえて追求せず、ロイは続きを待つ。
「だけどその納品先っていうか…そう、今工房で受けてる注文の中に特殊なやつがあってさ。その注文出してる客がオレを見て、モデルになってくれって言い出して」
そこでロイは片手をあげた。
制されたエドワードは、ぱちりと瞬きした後「大佐?」と首を傾げる。
「…オルゴールだのクリスタルガラスだのを特注するような客だ。さぞかし資産家なのだろうな?」
オートマタを組み込むような大型のオルゴールを作ろうというのだ。相当な財産がなければ無理だろう。そう思いながら尋ねれば、エドワードはまたきょとんとした顔をする。
「さあ…あんまりオレは詳しくないけど。なんていったかな…ブランシュさんとかいってたかな、工房では」
思い出しながらのエドワードの台詞に、ロイは軽く目を瞠った。
「…大佐? 知ってるのか?」
そんなロイの表情の変化からエドワードはそう思ったらしい。
「知っている、というか…それがもしもジェームズ・ブランシュなら、東部では有名な紳士だ」
「ふーん? 金持ちなのか」
「そうだな。銀行を持っている」
「それは金持ちだな…」
「…。だが、オルゴールに人形、か…」
「何か気になるのか?」
ロイは口を押さえながら独り言のように呟く。
「いや…、なんでもない」
「なんだそれ、気になるじゃんか」
「大したことじゃない。…それより、その誘いを受けて困っている、というのが今日の本題か?」
ヌードモデルなどではなくてよかったと思うが、…人形のモデルというのもまた微妙な話だと思う。
「うん…。まあ、そう」
「君にしては珍しいな。なんでも決断が早いと思っていたのに」
からかうでもなく本心からそう言えば、まあそうなんだけど…と煮えきらない。本当に珍しい。
「…なあ、大佐さ」
「うん?」
「たとえばなんだけど。ほんと、もしもっていうか、たとえばって思って聞いてほしいんだけど」
「うん…?」
いやにもったいをつけるなと首をひねる。これもまた、エドワードらしくない。
「もし、…もしオレと同じ顔の人形とかがさ、えっと…たとえばイーストシティのどっかにあったとしたら、…みにくる?」
決意みなぎる顔を向けたと思ったら、少年は予想もつかないことを言った。少なくともロイの想像の範疇にはない台詞だった。
「…は…?」
ロイが言葉を失ってしまったとしても、きっとそれは仕方がないと思うのだ。
…変なことを聞いてしまった。
ソファーの隅っこで丸く小さくなりながら、エドワードは後悔の極地にあった。
あの後。