二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Bijoux

INDEX|27ページ/27ページ|

前のページ
 

 出勤するなり窓辺に恐ろしく似合わないガラスの飾りをつるしだした上司を前に、言うべきことを一瞬忘れてしまった。
「ん? サン・キャッチャーというんだそうだ」
 雫型のガラスは陽光を受けてそれを室内に拡散する。なるほど、うまいことをいう。
 雫型のガラスがいくつもぶらさがったその飾りは、それ単体で見るなら美しいと思うし、中尉の好みに照らし合わせても嫌いではない。むしろ好きだ。
 だがしかし、厳つい軍部のイメージには合わないし、ましてロイには全く似合わない。浮かれすぎなのではというのを通り越して、なんだかリザは上司が少し心配になってきた。もしかして働かせすぎておかしくなってしまったのだろうか。
 …だが勿論、その可能性については即座に否定した。そんなはずはない。
「明るくなっていいだろう?」
「…はあ…」
 自分が言いたいのはそんなことではない、と目で訴えるが、ロイには無視された。幸せそうな顔がなんだか無性に腹立たしい。…疲れているのかもしれない、彼女はそう結論付けた。
「早く帰ってきてくれるようにと思ってね」
 誰が、とは明かさないその台詞の、言われなかった部分を読み取ってしまい、中尉はさらに複雑な気持ちになった。素直に祝福していいのだろうか。
 まあいいわ、とそれらについては棚上げして、自分の用件を彼女は口にする。何も厭味を言いに来たわけではなかったのだ。本当に彼女は用事があったのだ。
「ブランシュ氏から礼状が届いています」
「ブランシュさんから?」
 差し出された礼状を受け取って、ロイは封を開く。まずは先日の協力に対する礼が述べられていた。
 ――あの日の真相、つまり老人とロイの計画は、誰にも知らせずあの人形をホテルに運び入れ、まだ完成していないと思われていたアルモニカを同時に披露すること。
 ただし、本来は同じ装置に組み込むはずだったそれらを別に配置した。隠して計画を進めるうえではそうするしかなかったというのもあるし、その方が人形本体に視線が集中するからだ。ガラス工房の主にとっては、せっかく手がけた楽器が人目には触れない結果になってしまうわけだけれど、計画を話したら快諾してくれた。むしろ彼は、それ以外の部分でロイにすっかり心酔しており、ロイの頼みなら、と聞いてくれた所もある。
 そして、老人の側の協力者は、老人付きの看護師の一人と、アルフォンスである。彼らは屋敷の人間に自分たちがオートマタの製作が進んでいることに気づいているのを覚らせないように、当日の準備を進めた。全員が出払ってしまった屋敷から人形と人形師を連れ出したのはアルフォンスで、彼らをホテルまで運んだのはフュリーである。フュリーにその任務を依頼したのは、機械の調整などが必要になった場合彼が一番頼りになること、単純にそうしたものが好きそうだということ、意外と口が堅いこと、などが理由である。たとえばファルマンなどは隠し事があまり得意ではないので、こういう役目には向かない。そういう観点ではブレダでもよかったわけだが、やはり機械関係だからというのが決め手になった。それに、ブレダのように機転の利いた人間には司令部に残っていてもらわないと困るのだ。ロイも中尉も不在では。
 結果からいって、計画は総て上手くいった。
 イーストシティのパーティの様子は近隣にも広まっているという。勿論、騒ぎに対する東方司令部の寛容さについても同時に。東方司令部はなかなか話がわかるじゃないか、という市民からの感激の電話も何件か入っていた。まあ、嫌われるよりはいいだろう。
「…中尉、喜びたまえ」
「なんですか?」
 ロイは黙って、同封されていた招待券のようなものを差し出した。
「使ってほしい、とのことだ。進呈しよう」
「食事券、ですか」
「ドレスは自腹だったんだろう? これくらいは進呈しようじゃないか」
「大佐の懐は痛んでいませんしね?」
「……。デザート代をつけるよ。それでどうだい?」
「あら、ありがとうございます」
 澄まして券を受け取る中尉に肩をすくめて降参を示した後、ロイは雫が反射する光に目を細めた。
 ロイの太陽は今、どこにいるものやら。
 今朝見送った子ともう会いたいのだから、恋心とは実に恐ろしい。昨日一日ずっと一緒に過ごしたのにこの有様なんて。
 …しかしそれにしても、普段は着ていないダッフルコートだの、チェックのマフラーだの…色々着せ替えるのもなかなか楽しかった。反芻し、ロイは満足する。ゆえに、普段ならあまり言わないようなことをうっかり口にしてしまったりしたのだ。
「…さて。しっかり休んだし、仕事でもするか」
 意識を切り替える意味もあり、冗談めかした言い方ではあったがわざわざ口にしたロイの気持ちは、しかし働きづめだった副官には通じなかったようだ。無理もない話だろうが。
「それは素晴らしい決意ですね。では早速」
 え、と驚く間もなく、中尉はドアの向こうに「運んで頂戴」と声をかけた。嫌な予感を覚える暇もなく、台車で運び込まれた、書類の山。
「……………」
「今年もよろしくお願いします。大佐」
 にっこり笑われとどめを刺され、ロイはがっくりうなだれた。
 これもまた、平和な一年の始まりである。
作品名:Bijoux 作家名:スサ