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Bijoux

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 上着を豪快に脱ぎながら歩く彼に、大佐、事件ですか、と声をかける市民もいた。事件はともかく奇跡なら今そこで起こっている、とラウンジを指して答えれば、今夜くらいそういうことがあってもいいですね、と陽気に返された。浮かれているとはいえ、こういう気さくさがあることはイーストシティが安全であることのひとつの証だ。そしてそれは、ロイだけではないけれども、ロイを含む軍部が正常で、誠実である証でもあるだろう。きっと、誇ってもいいことだ。そう思うと嬉しくもなる。
 腕をまくり、髪を乱しながら階段を上る。カウントダウンの瞬間は近づいてきている。…結局捕まえ損ねたが、新年になったらすぐに走って捕まえに行こう。年が変わる瞬間とはいかなくても、若干のずれなら誤差範囲でもいいはずだから。
 屋上へとのぼっていき、ドアを開けると仕上げに手袋をつける。空気は冷たかったが、地上の騒ぎからすこし遠いそこには豊かな沈黙が横たわっていて心地よかった。
 ふう、と肩で息を吐き、時計を取り出し時刻を確かめる。短針を目で追って、カウントを取る。タイミングを逃しては格好が悪い。
 必要はなかったが、気分で手を上に掲げる。
 祈り方を教えてもらえばよかった、と不意に思う。ロイ自身は祈る相手も祈り方も学んでは来なかった。けれど学生の頃はいたのだ。その両方を持った友人が。…もう、失われてしまったけれど。
「……」
 あいた片手で、ポケットから小さな油紙の包みを取り出し、上空へ放り投げる。
 攻撃するため、奪うための焔ではなく。夢を見せるための、魔法のような焔を作り出す。できるかどうかなど考えたことがなかった。必要性がなかったからだ。けれど、考えればいいのだと知った。いつの間にか凝り固まっていたのだろう。本当は、ロイにだって奇跡は起こせる。誰かに夢を見せることもできる。
 ボーン、と鐘が鳴り新年を告げた。その前からロビーではカウントダウンが始まっていただろう。ロイは目を閉じた。

 ぱちん、と乾いた音がして、ロイの指先が夜の中でこすりあわされたのはその前後。ひっそりと、誰も知ることのない音が夜空に溶け込んで、時報に重なるようにどん、という重低音があたりに響いた。

 わあっという歓声が下から聞こえる。油紙に包まれていたのは調合された火薬と金属の塊だった。本来の方法とは違う、強引な打ち上げ花火。ロイは続けて残っていた油紙を放り投げ、指を弾く。また花火が上がる。澄みわたる冬の夜に、焔の花は美しく咲いて消えていく。
 たんたんたん、と軽やかな音が後ろから聞こえてきていた。捕まえに行くまでもなかったらしい。喜ばしいことに。
「…大佐…っ」
 振り向けば、屋上へ出るドアの所に少年が立っていた。ロイは笑いかけ、もう一度花火を上げる。炎色がエドワードのことも照らしだす。
「…ばか、ニューイヤーに、なっちゃっただろ…!」
「まだ誤差範囲だろう?」
 おいで、というように手を広げたら、ぎゅっと膝を握って下を向いた後、ばっと顔を上げて駆けてきた。そのまま勢いを殺さず抱きついてきたものだから、ロイもよろけて倒れ込む。押し倒された格好になりながら、ロイは手を伸ばし、エドワードの頬に触れた。
「……ハッピーニューイヤー」
 囁けば目を丸くした。答えを待たず、ロイは手を少年の細い首の後ろに回し、自分の方に引き落す。
 軽く触れて離れたら、かあっと真っ赤になっていく。思わず笑ってしまったら、むっとしたように眉をはねあげて、そしてエドワードから噛みつくようにキスしてきた。
 少し驚いて目を瞠ったものの、ごちそうが自らやってきたなら遠慮する必要はない。
 迎え入れて、ただ唇をくっつけてくるだけの唇を割るように舌を動かして、恐る恐る開いたそこに侵入する。びっくりしたように離れそうになるのを許さず、唇を堪能しながら抱き寄せて、つかず離れずしながら体勢を入れ替えた。
 上から見下ろす格好になってやっと唇を離したら、エドワードは大きく肩で息をしている。…やっぱり、まだ早かったのだろうか。
 けれど。
「…は、…はっぴー、にゅ、い、いやー…」
 苦しそうな息の中で、同じように返さなければとでも思ったのだろう、そんな風に言ってくる。ロイは一瞬あっけにとられた後、負けた、と頭を押さえて笑いだし、エドワードの上からどいて、横に転がる。ふたりで夜空を見上げる形になって、手だけをつないだ。鋼の手は冷たかった。
「…来年は」
「…?」
「この先もできるといいね」
「………。…先って、なんだよ?」
 悪戯を仕掛けるように指をからめる。わけがわからないエドワードは、振りほどきもせず、けれど怪訝そうに体を横に倒した。ロイもまた体を横に倒して、笑う。
「言わない。君は倒れてしまいそうだから」
「…なんだそれ。もったいつけんなよな」
 絡めた指を唇に運んで、ロイは誓うようにキスを贈る。
「予約だけしておくよ。私以外誰ともキスしてはいけない」
「はあ? …そんなの、するわけねーじゃん…」
 ぼそぼそと口をとがらせるのにロイは笑った。この調子では、全部言ったら本当に倒れかねない。知恵熱を出して。
 育てるのも楽しいか、とあっさり結論をつけてロイは笑う。いずれにせよ、一緒にいられるのなら、一緒に進んでいけるなら、焦ることもない。
「とりあえず、明日…もう今日か。起きたらデートしよう」
 どうかな、頷いてくれるかな、それとも逃げるかな、と思いながら見守るロイの前で、エドワードは視線をそらして。けれど、繋がれた指先、その指でロイの指をきゅっと握り返して、小さく頷いた。
「…………、うん」
 オルゴールのように微かな、綺麗な音だった。
 ロイは立ち上がり、エドワードに手を差し伸べる。エドワードは微妙に目をそらしたまま、それでもちゃんとその手を取った。
「…大佐」
「うん?」
「……好きだぜ」
「…………、うん」
 ストレートな告白がここで来るとは思わなかったので、ロイも一瞬あっけにとられてしまった。けれど、驚きから立ち直り、同じように素直に頷く。
 立ちあがり、ロイの背中に抱きついてきたエドワードは、顔を隠して続ける。
「ほんとに、ほんとに好きだからな」
「……うん。…私もだ」
「……ほんとか」
 自分の腹の前に回された小さな手を上からそっとさすって、ロイは頷く。花火が消えた星空を見上げながら、目が覚めてからの快晴を思う。どこにこの子を連れて行こうかと。当然、この後仕事に戻るつもりなどはさらさらない。
「本当だよ」
 もうそれ以上は聞かれなかった。ぎゅうっと抱きつく温度が強くなって、エドワードがさらに密着してきたことが判る。
 …背中側でよかった、とちらりと思ったことだけは、赦してほしいとロイは思う。これが正面だったら、さすがに少し…理性に自信が持てなかった。
 それはまた、次の楽しみに。そう思いながら、ぽんぽん、とエドワードの手をたたいて、屋内へ戻ることをロイは促したのだった。




 結局年始の初日も休みをもぎとった上司に、全部を通しで出勤した副官としては言いたいことがないでもなかった。なかったのだが、しかし。
「…なんですか、この飾りは?」
作品名:Bijoux 作家名:スサ