Sun of a Preacher Man
「さすがにそこまで世話にはなれねえよ。単機だからな、夜の航海の方が実は楽だ」
「あーあ。おれが明日船長に怒られるんだぜ」
「ハハ。悪ぃな」
メリー号から降りて自分の船に乗り込むと、メリー号にはたった数時間いただけなのに、目の前に広がる海原が随分と広く感じられた。船出の際には、いつだって心のいちばん中心の部分でほんの小さな不安がちくりと痛む。それが今日は、少し大きい。
「なあ、それは、ずっとポケットに仕舞っておくつもりかい」
甲板の上から、サンジが俺のポケットを指差した。
「……どうかな。俺にも、わからねえんだ。あんたには悪いが」
サンジの声が、不自然に途切れる。煙を吐く音がした。
「そういうことじゃねえんだ。さっき、おれはあんたがそれを仕舞いこんだのを見て、ああルフィの兄貴だと思ったと、そう言ったろ?」
「ああ」
「妙な話だが、そう思うくせ、あんたがルフィの兄貴ならそんなことをする必要はねえんじゃねえかと、そうも思うんだよなァ」
「……」
まったく、そういうことだ。
今度は俺が黙り込む番だった。
「まァ、いいや。気が向いたら食ってくれよ。赤はおれのイチオシなんだ」
ひらひらと、甲板の上で煙と一緒に白い手が踊った。
ありがとう、と、叫んだ言葉は心の底からのものだった。
「エ〜〜〜ス!!!!!」
ようやくメリー号に背を向けた、そのときだった。
一瞬幻聴かと思った。けれど、まさか俺がそれを聞き間違えるはずもない。
「エース! エースは、おれの兄ちゃんで、おれは、エースの弟だ!」
甲板の上で叫んでいるのだろうけれど、ここからじゃルフィの姿は見えない。それでも奴がどんな顔をしているのか、わかってしまう。
「……当たり前だろ!」
そうだ。当たり前のことだ。
けれど、俺が当たり前のことを疑っていたのは事実で、やはり俺は弱いし、みっともないし、ルフィに甘えている。
これ以上言葉を交わす必要もなく、また、交わしたら俺は駄目になっていたかもしれない。夜風に吹き飛びそうな帽子を押さえ、俺は船を飛ばした。早く、できるだけ早く。
一心不乱に走り抜けて、やがて周囲4πステラジアン広がるのは黒い海と夜空のみとなった。
空には月が輝いている。小さな星が無数とある。しかし月と星に俺は生命を感じない。それは、太陽の専売特許だ。
俺はポケットから太陽を取り出した。どういうわけか、小さな砂糖の塊はほのかに熱を持っているように感じられた。月明かりはほんの小さくそれを照らすだけなのに、我の強そうな赤色はそれだけで充分だとばかりに色を主張している。
俺は小さな太陽を指でつまみ上げ、天にかざした。小さなナリをして俺のことを照らしているかのようだ。今は夜なのに、この太陽は明るく温かい。
サンジいわく“ものすげえ”ものが俺の中にこみ上げてきて、思わずその太陽を放り出したくなった。しかし一方では大事に大事に仕舞いこんでしまいたいような、そんな気持ちにもなる。
けれど、ここは海で、俺は海賊で、ルフィも海賊で、そして俺たちは兄弟だ。俺は強くありたい。海賊として、そしてそれ以上に兄貴として。
小さな太陽を、口に押し込んだ。
甘いのがじわりと身体に染みて、どういうわけか、塩辛いのが溢れ出た。
作品名:Sun of a Preacher Man 作家名:ちよ子