Sun of a Preacher Man
「ああ、ハチミツ色のやつですね。ちなみに、クソマリモが取ったオレンジ色はみかん味、おれがナミさんのことを思いながら作った渾身のひと粒だクソ野郎!」
俺の緑色はライム味だ。つるりとした表面は飴より少し脆い砂糖のコーティングでできていて、軽く歯を立てるとひび割れからじわりとジャムのようなのがあふれ出てくる。美味い。
「甘いのが染みるぅ〜」
へにゃん、と、はじめからダレきっていたルフィの身体が更に緩んだ。へにゃへにゃとした顔に思わず苦笑する。そういえば、ジャングルから帰ってきてベソをかいてるとこにとっておきのオヤツを食わせてやったとき、こいつはこんな顔をしていたっけ。
「ひとりあたり、5個だぜ」
四法八方から更に伸びる手を満足げに見つめながらも、サンジが釘を刺すように言った。おそらく特に、ルフィに向けて。
「おいルフィ、お前それ5個目だろ? 最後の1個だぞ」
ウソップが警戒するように言った。なんというか、普段のルフィの所業が透けて見えるようだ。予想はしてたが。
「え? そうなのか?」
「そうなのかって、お前な……」
ルフィが手に持っているのは、太陽のような赤色だった。
ふと、赤色はルフィに似合っていると、そう思う。真上から常にこちらを見下ろしている太陽に、ルフィは物怖じしない。太陽に向かってロウの羽で飛んで結局落ちて死んじまった奴の話を聞いたことがあるが、それがもしルフィだったなら、きっと羽は溶けなかったのではないだろうか? この世の法則を捻じ曲げてまで、そう思ってしまうくらい。
ルフィはその赤色を、なんだか珍しく神妙な顔をして見つめていた。
――ああそうだ、昔オヤツをやったときも、こいつはこんな顔をしていたんだった……。
「なあルフィ。俺のをひとつやるよ。それで、6個だ」
思わず俺はそう言っていた。まあ、兄貴だから。
後ろではサンジやナミ、ウソップが驚きと賞賛の声を上げている。俺だって、そうそう滅多に人に食い物を譲ったりはしない。
俺が差し出した紫色を、ルフィはじっと見つめていた。そしてゆっくりと手を伸ばし、手の平でコロコロと転がしてみせる。
そしてもう一度俺のことをじっと見つめ、ようやく口を開いた。
「……じゃあ、エースにはおれのをやる!」
――本日2回目の沈黙だった。
「ル、ルフィが」
「ルフィが人に食いもんを譲ったァァァー!!!!!」
「な、なんだ? 口に合わなかったのかクソ野郎」
「天変地異の前触れじゃねえのか……」
「天変地異こええェ!」
「ふふふ……」
そして、どかんと爆発したように騒ぎ始める。
一方で俺はまだ驚きのあまり口をパクパクさせていて、沈黙から抜け出せていない。
――いや、厳密に言えば、ルフィは食い物を譲ったわけじゃねえだろう? 1個やって1個貰う、イーブンってことだ。
「失礼だぞ、お前ら。おれは船長なんだからよぉ」
「いやお前、昨日俺の肉を半分以上持ってったのはどこのどいつだよ」
「駄目。私、酔ったのかもしんないわ。もう寝る」
騒ぎ立てる仲間たちに憮然としながら、くるりとルフィがこっちを振り向いた。
「ホラ、エース。やる」
思わず手を伸ばしてしまう。俺よりひと回り小さい手から、コロンと滑り落ちてくる赤い粒。
「これで一緒だな!」
たべろたべろ、とまるでジャングルの部族の宴のように促してくる。
「……ん、うめえ」
「だろー? 赤はぜってえうまいと思ったんだ」
ニシシ、とルフィが笑い、つくづく奇跡ね、とナミが目を見張った。
*
「悪ィな、手伝わせちまって」
「いいんだ。うめえメシを食わせてもらったしな」
クルーたちの寝静まった、真夜中のことだ。
シンクの中に突っ込まれた大量の皿がようやく片付き、手の水滴を払っていると目の前にマグカップが置かれた。8分目まで注がれたコーヒーの表面には小さな白い泡が渦を巻き、香ばしい匂いを漂わせている。湯気を思い切り吸い込んでから、一口啜った。
「……やっぱり、美味ぇな。さっきも思ったけど、どうやったらこんないい香りが出せるんだ?」
「これはアラバスタで貰った特別良い豆でな。それを丁寧に挽いて、丁寧に淹れてる」
「わからねえなあ」
「こればっかりは、なあ。口で言うのは難しい」
照れくさそうに顔を背けながら、サンジが言った。物腰はチンピラだが、やはり良いコックだ。
「あのデザート、あれも美味かった」
「だろ? だがそれにしちゃ……」
一転、ニヤリと悪戯っぽく笑い、サンジはぴんと人差し指を立てた。そして、その先端がゆっくりと下に向き――ぴたりと止まったその先にあるのは、俺のズボンのポケットだ。
「……見つかってたのか」
「まァな。おれはコックだから。まあ、他の奴らは気付いちゃねえだろ」
「そうか……」
観念したような気持ちになって、ポケットからそれを取り出した。前に食った飴玉の包み紙、その中の赤色の粒。
「あんたはルフィに似てて、似てねえんだな。少なくともあいつにこんな器用な芸当はできねえ」
「できねえんじゃねえ、する必要がねえのさ。あいつには」
ルフィの中には、嘘がない。それと躊躇いだとか優柔不断、そういう弱くてみっともないものがない。
「おれには、あんたもそういう人間のように見えるけど」
「そう見えるように、してんのさ。でなきゃ海を渡れねえから。だが実際のとこ、俺は案外弱くてみっともねえ」
「まさか。ルフィの兄貴だぜ」
「ルフィの兄貴だから、な。俺は結構、あいつに甘えてんだ」
「そうかなァ」
最後の皿を戸棚にしまい終えて、サンジは煙草に火を付けながら俺の前に腰を下ろした。じ、と、片方だけの青い瞳がこちらを見つめている。眉毛はグルグル巻いているくせに、まっすぐな瞳だ。この船の人間は、皆真っ直ぐな瞳をしている。
「しかし、笑っちまうだろ。いや、あんたは気を悪くしたかな。悪い」
「笑わねえし、気を悪くもしてねえさ。や、他の奴らならどうだったかわかんねえが……何せ、あんたはルフィの兄貴だろ?」
おれも、まさかあんな珍しいものが見られるとは思ってなかったからな、と、サンジが笑う。
「言っちゃ悪ィが、あんたの弟の胃袋はよっぽどでな。正直、食い物を人に譲る、なんていう考えが奴の脳みそに備わってたことからしておれはかなり驚いてる」
「まあ、な……」
「おれにも、血は繋がってねえが家族みてえのがいてな。クソみてえな奴らだが、まあ、それなりに情はある。そういう奴らから向けられる優しさだとか愛情だとか、そういうのは、時々ものすげえもんさ」
ものすげえ、という言葉のいい加減さに、少し笑った。しかし確かにそうかもしれない。大きすぎるいろんな感情がない混ぜで、どう表現していいかわからないのだ。
「だから、おれはあんたがそれを大事にポケットに仕舞い込んだのを見て、ああこいつはやっぱりルフィの兄貴なんだなと、そう思ったぜ。違うか?」
「……いや」
違わねえ。
マグカップに口を付け小さくそう言うと、サンジが天井に向かってもわりと煙を吐き出した。
「ただ、少し切ねえのは、なんでかな」
「行っちまうのか? 朝飯食ってけばいいのに」
作品名:Sun of a Preacher Man 作家名:ちよ子