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だいすき!

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“それ”にいち早く気付いたのは、チョッパーだった。この幼いトナカイは、物理的な意味のみでなく鼻が効く。いつも馬鹿をやっているわりに繊細で、人の心の機微を読むことにかけては、もしかするとある部分でロビンをも凌ぐかもしれない。
 気付いたとき、チョッパーの心を襲ったのは、年相応の思春期めいた戸惑いだった。突き放されたような、精神の孤独だ。コックが彼の好物の甘いものを作ってくれる度、剣士と肩を並べて日向ぼっこをする度、その感情は深まった。
 他のクルーが気付くまでにも、チョッパーとそれほど差はなかった。ナミやロビンは言わずもがな、ブルックはさすがの年の功、フランキーはああ見えて気がつくほうだし、ウソップの推理はぐにゃぐにゃと折れ曲がりつつもチョッパーの微妙に変化した“彼ら”への態度が確信となり、ルフィは野生の勘だ。
 正直なところ、ルフィやナミはじめ、ほぼ全員が「まあ、好きにすりゃいいんじゃない」というスタンスを取っていた。チョッパー以外。けれどやはりチョッパーの感情には誰もが心当たりがあって、自分がもう少し幼ければきっと同じような気持ちになっただろうと思ったから、ナミの鶴の一声で“彼ら”を除くクルーたちは深夜ひっそりとウソップ工場本部で秘密会議を開くこととなった。
 その日の見張り番は、剣士、ロロノア・ゾロ。酒好きの男に差し入れをするため、コックは見張り台に昇っている。

 おれ、いやだよう、とチョッパーがべそをかいた。ナミとウソップは特にその気持ちがわかるようで、ナミはいつになく優しく、そして固まったチョッパーの気持ちをほぐすようにおだやかに、どうしてそう思うの? と尋ねた。
「おれ……おれ、置いてかれたような気がする。すげえ寂しい」
 泣き出しそうに俯くチョッパーの角を、ロビンの手が優しく撫でた。彼女には経験のない気持ちだけれど、聡いロビンには想像力があった。
「難しいなァ」
 ルフィが首を傾げた。彼にはチョッパーが悲しがっているということは充分すぎるくらいわかったのだけれど、その理由についていまいち理解できなかったらしい。
「じゃ、あんたエースとシャンクスがあんたに内緒で2人っきりで宴会してたらどう思う?」
 ナミがそう言うと、「ああ、わかった!」とルフィは手を打った。若干意味合いは違うけれど、うまい例えね、とロビンが笑った。
「そうだなァ。お前も、もうちょっと年食ってたら、笑ってられるんだろうなァ」
 でも、難しいよなァ、とフランキーが顎を撫でた。ぶっきらぼうだけれどフランキーは優しい。そういうところは少しゾロに似ている。そう思うとチョッパーはますます悲しくなった。
「私は、少し船医さんが羨ましいですよ。私くらい年を重ねると、鈍感になっていくものです。そう、骨くらいになると……」
 さすがに、ブルックもヨホホホとは笑わなかった。けれど、骨の顔はどこか微笑ましいものを見るかのように、なんとなく暖かな表情を浮かべている、気がした。
「年の功で言わせていただきますとね、こういうことは、あまり外野が口を挟んではいけないことです。船医さんも、彼らが悲しむのはもっと嫌でしょう」
 優しいけれど、きっぱりした口調でブルックが言った。こくん、と、瞼と唇を震わせながらチョッパーが頷く。
「ま、真理よね。下手に口を出せばややこしいことになるわ。私たちは、ただ成り行きを見守りましょう。……チョッパー、あんたの気持ちはわかるけど、サンジ君もゾロも、あんたのことは前と変わらず大好きなのよ」
 わかってる、ごめんねナミ、とチョッパーが小さく呟いた。
 そう、わかってる、のだ。けれど時に気持ちは、持ち主の心を離れてびゅんびゅんと飛び回る。
「まあ、落ち込むなチョッパー。おれもお前の年だったらきっと同じことを思ってたさ。そうだ、おれがある王国のお姫さまの恋文を、敵国の王子に届けたときの話をしてやろう……」
 多分、実は一番チョッパーの気持ちを理解できるウソップが、いつものように下らないけれど楽しいほら話をはじめた。へへ、と、弱弱しいがチョッパーも笑みを浮かべる。
「あんたも、わかってるわねルフィ。チョッパーよりもむしろあんたのが心配よ私は」
「失礼なやつだな。おれはわかってるぞ!」
「じゃ、いいんだけど」
 そう言いながらも、しばらくはルフィから目を離さないようにしなくちゃ、とナミは1人心の中でため息を吐いた。
「……そろそろ、戻ったほうが良さそうね」
 ロビンが声を潜める。どうやら、こっそりと見張り台の2人を監視していたようだ。
「じゃあ、皆息と足音を潜めて……おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみ、ナミ、ロビン。話聞いてくれてありがとう」
「おやすみなさい、チョッパー。みんなあなたのことが大好きよ」
「さ、戻るぞチョッパー……抱っこしてやろうか?」
「ばかにすんな! ……ちょっとだけだぞ」



 その日の見張り番は、剣士、ロロノア・ゾロだったから、サンジは余りものを装ったおつまみを片手に見張り台への梯子を昇っていた。ゾロがどうせ酒を持って上がっていることはわかっていた。だから、つまみの皿だけ。
 ひょこりと金髪の上部だけを覗かせると、よう、とゾロが低く囁いた。なんとなく安心して、サンジは残りの梯子をトントンと一気に駆け上がる。ゾロは無言のまま毛布の片側を広げていて、ちぇ、と舌打ちをしながらも、サンジはおとなしくその中に納まった。
 彼らが気持ちを確かめ合い、はじめて身体を重ねてから、3日目のことだった。

「おれ、お前とのこと、あいつらに話そうと思ってる」

 2人きりになって、無言のまま月を見つめはじめてから、10分ほど経ったときだった。えらく唐突だったけれど、サンジにとってはここ3日間ずっと考え続けていたことで、そう言い出すことが物凄く自然なような気持ちすらしていた。
 ゾロもサンジがいろいろと悩んでいることは知っていたのだろう。別に何も言い返すことなく、酒瓶を傾けた。
「おれは、あいつらに嘘はつきたくねえんだ。沈黙は嘘じゃねえとおれは今まで思ってたけど、それは違ったんだな。おれは、大好きなやつらには誠実でいてえよ」
 ず、とサンジは鼻をすすった。そう言った声は、闇夜に溶けてしまいそうなくらい小さく、そして震えていた。サンジはびくついていた。恐い。けれど、サンジは自分の気持ちを曲げることはやめようと、正直に生きようと、バラティエを出たときに決めていたから、この決心が自分たちの行く末をどう変えようともそれは仕方がないことだ、という覚悟を決めていた。
 もちろん簡単なことではなかった。サンジにとって自分の魂は大事だけれど、仲間と、それに隣にいるクソマリモも、それと並んで大切なものだったから。
「それが嫌なら、おれたちは、……。なあ、答えろよ、おれ、話していいか?」
 ゾロの顔を見るのが恐くて、サンジは自分の膝に顔を埋めた。こわい。けれど、大切だからこそ、嘘はつけない。自分の魂にも、仲間にも、そしてゾロにも。
 ゾロは、月を見上げた。これから言うことはわりと一大決心で、そんなことを口にするとき自分がどんな顔をしているのかまったく想像できなかったから、隣にいる馬鹿コックに顔を見られたくなかったのだ。
作品名:だいすき! 作家名:ちよ子