虎と青色
手を出す気がないとは言ったが、それはこの男がその価値に値する人間であったならばの話。そうでないならば……そのときは、“ヤクザ”としてこの男に接する。
「ただな……」
サンジは、ひょい、と姿勢を正した。足は胡坐をかいたままだが、背筋をぴんと伸ばし、真っ直ぐにゾロの目をにらみつけている。
「ノリだろうがなんだろうが、仲間は仲間だ。で、俺がヘッドと慕われてんなら、俺にもギムとセキニンがある。今てめえが俺のタマァ取って仲間にも手出ししようってんなら、俺も覚悟決めるぜ」
「……ヤクザ相手にか?」
そう静かに言って、ゾロはスーツの懐に手を入れた。
「ヤクザだろうが、国家だろうが、関係ねえな」
「……そうか」
ふ、とゾロは笑うと、懐から手を抜いた。サンジが緊張しているのがわかる。だが、相変わらず視線は強気にゾロをにらみつけていた。
「これ、持っとけ」
そう言ってゾロが懐から取り出したのは、小さな紙だった。それを、黒塗りのテーブルの上に放る。
「俺の名刺だ。面倒ごとがあったら頼ってくれて構わねえ」
狐に包まれたような顔でそれをじろじろと見下ろしたあと、サンジは再びゾロをにらみつけた。
「ヤクザに頼るつもりはねえ」
「まあそうだろうが、ヤクザでなく、“俺”からお前に渡すもんとして受け取りゃいい。持ってて損はないと思うぜ」
「……随分とてめえに自信があるんだな」
「別に、俺がお前の力になってやりてえと、そう思っただけだ。やれることはやってやる」
「……そうか」
一応、もらっとく。そう言ってサンジは名刺を掴み上げると、パーカーのポケットにしまい込んだ。
「やっぱお前変わってるぜ」
「自分じゃそうは思っちゃいねえんだがな。別に誰にでもこうするわけじゃねえ。お前を気に入ったからだ」
「ヘェ」
「俺は、割と子供好きなんだ」
そう言ってゾロがにやりと笑うと、サンジはそっぽを向いて、ヤクザでショタコンかよ、救いようがねえな、と悪態を垂れた。
そのまっきんきんの髪から僅かに覗く小さな耳が真っ赤に染まっているのを見て、ますますおもしれェ、とゾロは笑う。
「気に入ったついでだ。また、こうして飯でも食おう」
「ばか、俺はこんなとこ性に合わねえよ。自分で作って食うほうが楽しいや」
「ヘェ、メシ作れんのか、意外だな……『うちの店』ってのもメシ屋なのか」
「まあ、ジジイの店、だけどよ……」
「今度食いに行こうか」
ばっ……とサンジが思い切り頭を振り、未知の生物でも見るかのような目でゾロを見つめた。
「んなこと、できるかよ!」
「ま、そうだな」
ああおもしれえなあ、とゾロはニヤニヤを抑えるので精一杯だ。
クソぉ、と呻きながら、サンジはまるで赤く染まった顔色を誤魔化すかのようにテーブルの上の料理をぱくぱくと食べた。
「でも、お前の作ったメシってのは、美味いんだろうな」
「な……く、食ったこともねえのに、適当吹くな」
「わかるさ。料理好きなんだろ? それにお前は真っ直ぐだからな、真っ直ぐな人間てのは、好きなことをとことんまで極める才能を持ってるもんだ」
「わかったような口聞きやがって……このヤクザが……ちくしょう」
もぐもぐ、もぐもぐと、げっ歯類のように頬を膨らませながら、サンジはひたすら食う。かわいそうなくらい赤くなっているのに、時折ぴくりと美味い料理に反応しているあたり、どうやら本当に料理の腕は良さそうだ。
「し、仕方ねえ……今度、作ってやるよ、メシ」
「おぉ、そりゃ有難ェ」
「勘違いすんなよ! こりゃ、てめえんとこの下っ端を、病院送りにしちまったから……悪いたァ思ってねえが……情けだ、情け!」
「痛み入るぜ」
どうも、軽い気持ちでやって来たのだが予想外におもしろい奴に出会ってしまった。これから起こり得る面倒なことを一瞬考えたが、知るか、と思考の隅に追いやる。それよりも、このおもしろい男をもっと見ていたい。
ゾロは割と子供好きで、目の前の男と同じく、先のことは考えない主義なのだ。