虎と青色
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ゾロがヨサクとジョニーから報告を受けてから、数日後のことである。組の本部からほど近い料亭の一室で、ゾロは静かに腕組みをし瞑想にふけって……いると見せかけ居眠りをしていた。なにせここ数日働きづめなのだ。暴対法だなんだと昨今の世はヤクザに厳しく、正直なところ、戦後から歴史を数える鷹目組も台所事情は厳しい。おまけにわざわざヤクザになろうという若者も少なく、最近は組本部の当番も数が足りないという体たらくだ。
もっとも、どれだけ徹夜の働きを強いられようが、ゾロはそんなヤクザ事情に対して不平不満を漏らしたことはない。世の中がどうであれ、自分たちは代紋を背負ったヤクザもの。生き抜けられねばそれまでだ。
ゆえに、ゾロはカラーギャング『オールブルー』とやらに興味を持っていた。ここ最近では、上納金を納めヤクザの庇護を受けようとする族連中も少なく、更にヤクザに喧嘩を売ろうという根性の座った輩など皆無だというのに、時代に逆らったような馬鹿野郎どもがいったいどんな顔をしているものか……。
任侠とは修羅の道。行く先に阻む者があるならば、ゾロは喜んでそれを迎え撃とう。それが自分の生き方だと、盃を交わしたときからとうに決めている。
そのとき、バタバタと料亭に似つかわしくない騒がしい足音がゾロの耳へと届いた。
「おうおう、ここかァ!? ヤクザがいるっつうのはァ!」
バターン! 勢い良く入り口の障子が開け放たれる。遠くから、「お客様……」と仲居のものらしき慌てた声が聞こえた。
「おっ、いるじゃねえか……なんだ、お前1人か? 潔い奴だな、そういうの好きだぜ……うわッ、マジでヤクザってツラだなおい! 何人くらい殺してんだてめえ!」
ひゃひゃひゃひゃ、と、ゾロの顔を覗き込みながら、どうやら『ヘッド』らしき若者はけたたましい声で笑った。
「サシで会う約束だからな……てめえこそ、1人みてえじゃねえか。海に沈められるたァ考えなかったか」
根性があるのか、それともただの馬鹿か……。もしかして後者かもしれねえな、とゾロはぼんやり思った。ヤクザに喧嘩を売ろうという奴は、いったいどんな容貌をしているのかと思ったのだが、これは――
「俺ァ、先のことは考えねえ主義だ」
どん、と胸を張って言ってみせやがる。
……やっぱり、馬鹿だったか。
男――いや、少年、と言ったほうが適当かもしれない。年のころは、童顔だとしても確実に未成年の範囲内だろう。青い大きめのパーカーをだぶだぶとさせ、下には膝までのチェックの半ズボンを履いている。まるで小学生のような格好でおよそ料亭には似つかわしくないが、それよりゾロの目を引いたのはそいつの髪の色だ。
(まっきんきん)
目の前で笑う馬鹿にあてられたのだろうか、その男の髪の色を見て、ゾロはそんな子供じみた単語を思い出した。びっくりするくらいの金色だ。組の若い連中の中にもそんな髪の色をした奴はごろごろいるが、男の金色はもしかして外人じゃあるまいかというほど自然で、そう思ってよくよく見てみれば、うっとおしく伸ばされた髪の下から覗く目は青く、肌も日本人離れして白い。
「あー? ジロジロ見るもんじゃねえぞヤクザ、この野郎」
「……あァ、悪い」
別に気圧されたというわけではないが、ぼんやりとしたままゾロはついそう言ってしまっていた。それを聞いて、男がますます笑う。
「へへへ! お前、案外素直だなァ。ヤクザってのはむかつく奴ばっかりだったが、俺、お前のこと嫌いじゃねえよ」
「そりゃどうも」
どうも、調子の狂う奴だ……。
にこにことガキっぽい笑顔を浮かべる男を前に、ゾロはむっつりと猪口を傾けた。
「で、今日はいったいどういう用件なんだ、ヤクザさんよ」
男は、どかりと座布団の上に座り込んだ。それにしてもヤクザ、しかも自分たちが喧嘩を売った組の幹部を目前にしているとは思えないようなふてぶてしさだ。馬鹿は馬鹿でも、突き詰めれば大物の風格が漂う。ゾロは未だ、目の前の男のことを見計れずにいた。
「……ヤクザヤクザって、ヤクザをヤクザと呼ぶもんじゃねえぜ。俺の名はロロノア・ゾロ、鷹目組の舎弟頭を張ってる」
「あっそ。俺はサンジ」
こともなげに言いながら、サンジは障子の前でおろおろとする仲居に「かわいーね」と手を振ったりしている。馬鹿だ。
「お前んとこの……あー、チームってやつか? それがうちの組のモンに手ぇ出したって話だが」
「あ? まあ、そうかもな」
「随分とあっさり認めるんだな」
「ま、やったもんはやったからな。俺は先のことは考えねえ主義だが、過去はきちんと踏まえて先に進む主義なんだ」
へへ、と笑いながら、サンジはゾロの徳利を勝手に持ち上げ、そのままぐいと煽った。
「理由でもあるのか? あるなら聞くが」
「理由か? 最初は、お前んとこの馬鹿ヤクザが、うちの店に下らねえ置物だーおしぼりだーと売りつけようとしやがるからよ。鬱陶しくて帰れっつったら、向こうから手ェ出してきたもんで、返り討ちにした。したらどういうわけか仲間に手ェ出してきやがったから、オールブルーとして迎え撃ったまでだ」
「ほォ」
「俺ァ、謝る気はねえぜ。怒ったか?」
「いや。やられた奴が弱かっただけだ、俺たちはヤクザだからな。てめえの身を賭けて商売してんだ、負けたら負けた、そこで終わりと思って生きてかなきゃならねえ」
ふぅん……と、サンジはゾロの顔をじろじろと見回した。
「なんだ。人の顔をじろじろと見るもんじゃねえんじゃなかったのか」
「あァ、悪ィ。だが、あんた変わってるな」
「そうか?」
「そうさ。ヤクザってなァ、男の腐ったもんがなるもんだと思ってた」
「ま、外道にゃ変わりねえさ。だが外道にゃ外道なりの義務と責任ってもんがある」
「やっぱ変わってるぜ」
にぃ、とサンジが笑った。変わっていると言われても、ゾロはそれが自分の道だと信じて疑ったことがないから、よくわからない。むしろ変わってるのはてめえの方だろう、とゾロが言うと、俺にも俺のギムとセキニンてのがあんだ、とサンジは笑った。
「それがわかってんのならわざわざ言う必要はねえだろうが……お前、自分のしでかしたことはわかってるんだな」
「……まあな」
「俺も、正直なところ組長も、別に今すぐお前らをどうこうしようってつもりはねえが、他の奴らはそうは思ってねえぞ。お前が始めたことだ、自分だけが責任を負ってどうにかなるってんならどうしようと勝手だが、お前は『ヘッド』なんだろう」
「ヘッド、ねえ……」
サンジは、その青い瞳を虚空へと向けながら、彩り鮮やかな料理をぽいと口に運んだ。あ、うめえ、なんて呟いている。
「正直なとこ、俺はヘッドなんてガラじゃねえんだ。オールブルーも、元は気の合う仲間同士でつるんでたのを周りが勝手にそう呼びはじめてよ。で、ノリでカラーギャングなんていい具合にダサくておもしれえじゃねえか、って青いもん身に付けたりしてたら、いつの間にか大所帯になってた」
「……」
ゾロは静かに猪口を置き、未だ上を向いているサンジをじっと見つめた。
ここだ、とゾロは心中で呟く。この男を計るのだとしたら、ここだ。次の返答如何で、この男の行く末を見極めてやろうと、ゾロはそう思っていた。