二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

第三の地平線より『恋人を射ち堕とした日』

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
 風を切って銀矢が飛んだ。焔のようになにもかも燃えてしまえとばかりの勢いで。放ったのはわたし。ふと、夜空を見上げるとすべてが凍り付いてしまいそうだった。まるでわたしの心のように……。
「サヨナラ……あなたのこと、愛してる。あなたのこと、愛してた。サヨナラ……」
 蒼い涙が滴ったけれど、構わず凛とした表情でつぶやく。
 わたしの放つ矢の、その標的は――愛する、あなた。その胸には、あの時引き裂かれた傷痕。呪われた約束が、そこに宿っている。

 もういつのことだっただろうか。それはもう、遠い日の、こと。
 わたしは狩人だ。女ひとり、誰かとつるむこともなく狩りをし、生活していた。分け入るのは深い森、魔物が出ると評判の場所――女だてらになんて言われたこともあるけれど、そんな言葉に構ってなんていなかった。それなりに弓の腕はあると思っていたし、なにより誰かを必要とすることがなかったから。だからわたしはどんどん奥まであの日は入っていったんだ。
 その日は調子がよかった。柔らかな肉と毛皮がたっぷり取れる大うさぎやら珍しい色の羽根に高値がつく鳥、そんなものがどっさり取れた日だったと思う。だからこそ調子に乗って魔物に会っても対したことなんてないって高をくくっていたのかもしれない。
 だから夕闇が空を包んでも構わず狩りをしていたと思う。魔物が出るという森で野営なんて、と普段ならそそくさと帰るのだけれどそれも構わないと思ってた。
「危ない!」
「――え!?」
 ひゅ、と風を切って掠めた矢はわたしのものではなかった。
 そして正面にいたのは同じ年頃か、少し上か。赤毛の印象的な青年だった。同業者らしくその手には弓矢。
 わたしが振り向いたその先にいたのは、真っ黒なつめと半身を毛皮に覆われ、人のそれとほとんど変わらない頭部の赤い目が印象的な――魔物だった。
「逃げろ!」
 彼をわたしは知らなかったけれど、助けてくれたことには変わりない。その声に素直に従って――なんせ油断していたのはわたしのほうだ、どうして抗うことがある?――わたしは彼のいる場所まで下がった。
「あ、ありがとう!」
 迫ってくる魔物の名は知らない。ただ、この森に出ると噂だったものであることだけはわかった。わたしは彼の横で自分の弓を構えると引き絞り、矢を放つ。もちろんこういう場合に用意してある特製の銀矢だ。さっき彼が放った一撃で倒れることない魔物は確実に距離を縮めてくる。
 狩人……弓使いとしてリーチは大事なものだ。一応腰に差した大振りのナイフでの近距離戦闘ができないこともなかったけれど、圧倒的に遠距離からの攻撃が得意となる。それはわたしも助けてくれた彼も同じで、何度矢を当てても倒れずに迫りくる魔物にじりじりと後ろへと追いつめられていた。まだ、距離はあったけれど勢いづいた矢がいつ尽きるともわからない。人と獣の中間のような叫び声をあげながら、そいつはただ殺すためだけに迫ってくる。
「く……」
「もうこれ以上は」
 森の奥にはなにがあるかわからない。わたしたちのように狩人を生業としていれば、自然に地図を作っていたり道を記憶していたりするけれど……この後ろ、は。
 矢が飛ぶ。夜を刻んで。不思議と魔物の血は赤かった。それでも迫ってくる――! 崖から小さな石が転げ落ちていく音をかすかにわたしの耳は、とらえた。
 横殴りのつめが襲いかかってくる。最初の一撃はふたりともかわせたけど、そこでわたしは。
「痛っ……!」
 不覚。
 足をくじいたわたしを視界にとらえ、そしてその黒いつめがわたしをとらえようとして――がきん、と音を立ててとまった。
「眉間を狙って!」
 わたしのものによく似た大振りのナイフをいつ抜き放ったのか、彼は魔物のつめをそれで受け止めていた。そしてわたしは弓を握ったままで。息が合ったのか、その声に応じるようにわたしは銀矢を放つ。
 と――それに気づいたのかもう片方のつめが彼を襲おうとして……止まった。わたしの渾身の一撃は見事眉間に突き刺さっていたんだ。だけど、断末魔の声をあげた魔物のつめが、彼の胸をえぐる。ヤツの血と混じり合うかのように血しぶきが上がった。
 どぅ、と倒れた魔物はもう動かなかったけれど、彼もまた胸を押さえて動かない。わたしを含め狩人は軽装でいることが多いし、彼もまたご多分に漏れず柔らかくなめした革の胸あてをつけていただけで。それは魔物のつめにざっくり引き裂かれ、皮膚をも貫いていた。
「……大丈夫ですか!?」
「君が平気なら、どうってこと、ないさ」
 痛みが全身を包んでいるだろうに、その時彼は笑ってみせたんだ、わたしに――。
 その後……。
 結局彼の傷のこともあって、森から完全に出ることはできず入り口付近で野営することになった。焚き火がぱちぱちとはぜ、あたたかなシチューが湯気を立てている。焼いたうさぎの肉からは脂が滴り、おいしそうな匂いを漂わせていた。
「なら、わたしのことは……?」
「知っていたよ。この森の奥深くにたったひとりで入り込む、凄腕の女狩人。何度かすれ違ったこともあったんだけどね」
 笑うと目が猫のように細くなる彼は、やっぱり同業者で。そしてわたしのことをよく知っていた。両親の後を継いで狩人になったこと。少し前になかなか仕留められない銀イタチを一発で。一匹狼で群れようとしない女。
 あなたは? と聞くと少しだけ笑みを崩して言っていた。自分は孤児院出身だからねと。彼の傷は森の豊富な恵みである薬草で湿布し、もしもの時のために持ち歩いている包帯をきつく巻いている。出血は止まったようだけれど魔物の傷、油断はできない。
「僕は一度会ってみたかったんだ、君にさ」
「どうして?」
「評判の女狩人、ってところもあったけれどどこか――そうだね、どこか自分に似てると思ったから」
 細い目の笑顔からはなにも読み取れなかったけれど、なんとなく納得いく部分があったのは否めない。彼は孤児院出身、わたしは両親を亡くして天涯孤独……ふたりとも、ひとりぼっちだったから。
 それから何度も森でわたしたちは出会い、言葉を交わすようになり、やがては何度も彼とパートナーとして狩りをした。
 あの最初の森で。少しだけ離れた平野で。一緒の鍋で煮たシチューやスープを分け合い、普段はない会話を楽しんだ。
 ……そのうちにわたしが彼に恋をしてしまったのは、仕方がないと思う。
 なぜ? と聞かれたら――どう答えたらいいのだろう。まるで彼の笑顔はずっとひとりぼっちだったわたしを癒した。癒された。人はどんなに頑張ったって、孤独に生きられないことを知らされた。自然とその――お互いの絆が愛情に変わったのは月の綺麗な夜だった……。

 あの日から、わたしの世界には色とりどりの花が咲いたようだった。
 彼に愛されて……彼を愛して――
 わたしの世界は長く失っていたモノを取り戻した。
 それは人のぬくもりであり、笑顔だった……。

 わたしたちは自然に定宿も同じになり、同じ部屋で休むようになっていた。