火と水
「ああ?」
「刑務所で。本当は農薬じゃなくて、下水管掃除に使うドラノだったんですが、ひどい死に方でした。ぼくが見つけたんです」
眉根を寄せてこちらを見上げる視線に気付きながら、続けた。
「死体というのは、見飽きるものだと思いました」
「あんまりそういうこと言ってるとな、心が乾いちまうんだよ。からっからに」
「そんなことはない。天国は信じています。地獄も」
「天国も地獄も信じてないから、仇討ちしたんだろう」
ぼくはゆっくりと首をめぐらせて、彼を見た。真っ直ぐにこちらを見詰める目とぶつかって、その目のあっけないほどの透明さに、まぶたを伏せることを忘れた。
「そうですね」
あなたは天国も地獄も信じているから、人を傷つける仕事ができなくなったんですか。尋ねるつもりで開いた口から、震えた吐息だけが漏れた。彼の困惑した顔が、すっと近くなり、濡れた手で髪を撫でられた。無作法だと思った。初めて会ったとき、子供を呼ぶように自分の名を呼んだ彼を無作法だと思ったよりも、ずっと。けれど声が出なかった。右目の縁から溢れて落ちたものが何なのか、ぼくにはよく分からなかった。彼も教えてはくれなかった。ただそれが、足を濡らす冷たい水とは違って、例えるなら血のように温い、ということばかり、感じていた。