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大人の時間 こどものじかん 二人の時間

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 カカシ上忍が怪我を負って帰里した。
 早朝、へたりこんでいた上忍を門番が助け起こした時にはすでに意識がなく、顔色は紙のように真っ白だったという。忍服は血まみれ、背中にはクナイが刺さったままだったそうだから、闘いの厳しさは想像がつく。
 里で最高ランクに属するカカシ上忍がここまで追い詰められるのはよほどのことだと思っていたら、三代目曰く「一人で三十人を相手していた」。よくも死ななかったものだ。イルカはベッドに横たわる上忍の顔を見ながら驚いていたが、それ以上にそんな無茶なことをさせた三代目にも、それを受けた上忍にも呆れていた。
 病院に運ばれて5日が経つがいまだにカカシ上忍は目覚めていなかった。一番ひどい背中の傷も腕の良い医師のおかげで綺麗に縫い合わされ、輸血を受けて顔色も常人程度には戻っていた。苦痛にうなされていたのが嘘のように、いまではすっかり穏やかな表情で眠っている。
 イルカはカカシ上忍のことをよく知らないが町中や園内で会えば目礼くらいはする。そんなイルカが上忍の病室にいるのは三代目に言われたからだ。そうじゃなかったら見舞いにも来てはいない。
 上忍と中忍。上中下、大雑把に分けて三階級しかないランクも上と中では間にいくつか特別な役職を挟んで雲泥の差がある。あらゆる処遇に恵まれている上忍には大きな責任が負わされている。一部の派手好みな上忍たちの豪遊ぶりを目にすれば相当の給金を貰っていることは疑いようもないが、それに文句を言う忍はいない。上忍たちの実力は誰もが納得するものだ。ひとたび任務に就けば彼らは恐ろしく優秀だった。
 ここ2,3年、三代目の秘書のような手伝いをすることが増え、火影室で多くの忍と顔を合わせた。話に口を挟むことはもちろん、できる限り目立たないように三代目の後ろに控えていても、イルカの存在は上級の忍たちに知れ渡っている。
 指導者としての三代目は忍たちだけでなく、里の者すべてから尊敬を集めていた。しかし日常生活では一人の気難しい老人だ。会議や面談などのスケジュール管理をする秘書は季節とともに変わり、突発的な人事では引き継ぎも上手くいかず毎回混乱が生じた。それがまた老人の気に障る。悪循環だった。
 三代目は公私混同を嫌い、私生活でも親しいイルカをそばに置くことをためらっていたが、周囲の薦めに応じてためしに手伝わせたところ、事務処理能力が高くよく気がきくという事実に負けて、それ以来重宝している。長年の付き合いで、互いの呼吸がつかめているのが良かったのだろう、時に爆発する癇癪にもイルカはうまく対処していた。
 三代目は里の重要事項、秘匿事項、暗殺任務命令さえも躊躇なくイルカの前で口にしたため、暗部たちでさえイルカの存在は特別と認識していた。今では季節とともに秘書が変わることもなくなり、それに伴って周りもふりまわされることがなくなり双方ともに安心している。
 イルカは日に4回、上忍の病室に足を運んだ。朝出勤後、昼食後、15時、帰宅前。病院はアカデミーに隣接しているために通うのに不便はないが、このような状況に陥ったことに関しては大いに不満だ。
 いつでも上忍は眠っている。世話をするにも本人がピクリとも動かないので、リクエストを聞くこともできず、病室の空気を入れ替えたり、カーテンを開けたり閉めたり、整理した見舞いの品をまた整理したりとどうでもいいことしかやることはなかった。面会謝絶にしているので誰も訪ねてこない。火影室でしか見ないような人々が来るのだろうから、これはこれでありがたいが。
「こんにちは、イルカです。3時を過ぎましたよ。もうすぐ雨が降りそうです」
 話しかけるのは医師の指示だ。しかし親しくもない人に話しかけるのは天気のことが精一杯で、返事がなければそれから何を話していいのかわからない。何よりむなしい。
 結局、毎回名前を告げ、時間を告げ、空模様を告げる。話題が乏しいことは棚にあげてイルカがいつも思うのはいったいこんなことをして何になるのかということだ。どうして自分が世話をしなくてはならないのか。親しくもなく、知り合いとも言えないのだから、他に適任者はいるはずだ。10分ほど椅子に座って寝顔を眺めるだけの面会を数日繰り返す間に百回、いやそれよりもっとたくさん考えた。
 それでも開けたばかりの窓を閉めながら話しかける。火影から絶賛される自分の几帳面さが時々憎い。
「帰りにまた来ます。カーテンは開けておきますね」
 そして、今日もそのむなしい会話は独り言で終わるはずだった。上忍が目をあけさえしなければ。


 イルカが慌てて医師を呼んだ数分後に三代目はやってきた。飄々としていたが心配だったのだろう、いつにも増してお早いご登場だ。
 医師の質問にも無言で無表情の上忍は『愛想ないなぁ』というイルカの感想を時間とともに『感じ悪いなぁ』に変えた。何の感情も浮かべていない冷めた目にチラリと見られただけのイルカでさえ、なんだか嫌な気になった。目は口ほどに物を言うとは良く言ったもので、火影室ではとくに絡まれたこともなく、どちらかと言えばいないものとして扱われていたというのに、今、上忍は明らかにイルカを馬鹿にしていた。
 真剣な顔で診察していた医師に三代目は「もういい、わかっておる」と言った。
「幼児退行じゃな」
「はい」
「このことは他言無用じゃ」
 三代目は医師を病室から追い出してしまった。そして、イルカを振り返り「と、いうことだ」と言った。
 そんなこと言われても。
 とまどうイルカとは反対に火影は普段と変わらない。小柄な身体でどっしり構えている。こういうところは上に立つ者として尊敬できる。
「外見は変わらんが中身が子供じゃ。ほれ、カカシ、お前いくつだ」
 三代目の問いかけにちらと目をやった上忍はフイッと目を逸らしてベッドにもぐった。無視かよ。
「こやつの愛想の悪さは子供のときから変わっておらぬな」
 三代目は「ははは」と笑った。ははは、って何もおもしろくない。
「わしの見たところ10歳程度というとこじゃろうて。一桁ということはない」
 10歳だろうが3歳だろうがそんなことはどうでもいいが、でかい身体で幼児年齢か。
 別に権力にひざまずけと言う気は毛頭ないが、それでも仮にも里の長にこの態度は10歳と言えど許しがたい。だいたい10歳といえばナルトたちより大きい。あのチビッコたちでさえ挨拶はする。つまり、こいつに可愛げはない。見かけが大人だと思えばさらにムカつく。イルカはこんもりと盛り上がったベッドを睨んで思った。
 突然の不可抗力に同情しないでもないが、それ以上に腹立たしいのは多分にこの上忍の普段の、特に火影室での素行による。
 暗部やトップクラスの上忍たちは下々の者たちより火影との関係が近いために、任務命令を受けるときもソファに座って足を組み、まるでふんぞり返っているかのような人もいたりするが、的確な質問、任務への姿勢からある一定の秩序は守られていると感じる。少なくとも「えー、それはちょっとヤダ。やらないブー」なんて言葉は口にはしない、一人を除いて。
「イルカよ」
「嫌ですよ」
 即答したイルカにチロリと視線をやって三代目は言った。
「まだ何も言っておらぬが」
「それでも嫌です」