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芝桜の欲、胡蝶草の願い

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 男のものにしては美しい、そして骨張った指先がそっと触れた。壊れものを扱うかのような手つき。人の指先とは本来、いついかなるときも震えているのだという話を思い出す。自然生来のそれだけではない震えが伝わってくるようで、関羽はそっとその指の方向に首を傾ける。猫のようにすり寄るかたちになって、触れた場所からその指の持ち主が小さく動揺したのがわかった。
「曹操……? どうしたの……」
 いつもなら関羽が恥ずかしさに耐えきれなくなって思わず制止をかけてしまうほどに、濃密な恋人同士の触れあいを求めてくるこの男が。今はどうだ、こんな朧気な手つき。いつものようにして、とは流石に言えないが、うって変わってこんな風に触れられると戸惑うというものだ。そんな関羽の怪訝な心が伝わったのかどうか。曹操は声だけはいつものように笑いを漏らした。
「どうしたとは?」
「なんだか、いつもの貴方じゃないみたいだもの」
「いつもの、か……。ふ、望むならそうしてやるが?」
 するり、と曹操の指が滑り関羽の首筋をなぞる。幾度も肌を合わせぬうちに彼女の体を知り尽くしてしまった男がもたらすそれは、確実に彼女の体の中の何かを熱くする。その感触に関羽はふるりと震えたが、今は快楽に身を任せてしまいたくはなかった。
「誤魔化さ、ないで。どうしてそんなに、壊れものでも扱うようにわたしに触れるの……」
 緩慢に動いていた曹操の手がぴたりと止まった。と思えば指はまたもとの位置、関羽の頬に戻る。答えることを逡巡する沈黙に、関羽は彼の名を呼んだ。
「曹操」
「…………時々、恐ろしくなるのだ」
 求めに応じて、ぽつりと曹操が呟いた。恐ろしい。己が名のついた軍を率いる総大将としての彼からは、想像もつかない弱々しい声色だった。関羽はゆっくり瞬きをする。瞼が完璧に持ち上がる頃、また曹操は言葉を紡いだ。
「この手がいつか、お前を壊してしまわぬだろうかと。只今の時お前を慈しみ、愛でるこの手が、お前にとっての何よりの脅威とならぬかと。私はもうお前から離れられぬ。お前を繋ぎ止めておくためなら何でもやるだろう。この瞳を、細い首を、腰を、四肢を、私のために壊すことがあるかと思うと、恐ろしくてたまらぬ」

作品名:芝桜の欲、胡蝶草の願い 作家名:璃久