芝桜の欲、胡蝶草の願い
「だから……?」
「ああ。臆病だと笑うか? お前を真綿にくるんだように慈しみ、お前を害するすべてのものから守ってやりたいと願う。だがその一方で、お前のすべてを奪い尽くし壊してやりたいと、そう思う私もいるのだ。そして以前、私はその一歩手前にいた。だから余計、考えるのだ」
我ながら酔狂な話だと、曹操は自分を嘲笑う。けれど関羽は気づいてしまった。その瞳に映る、溢れるほどの自分への愛情に。長い長い孤独の果てに、関羽という無二の存在を見出した、希望の揺れる瞳。
己を酔狂だと評するその指先が、頬から僅かに離れる。触れるか触れないかの距離。空気で撫でられているようなその距離が寂しく、そして愛しかった。関羽は自分の手で曹操のそれを包むと、自分の頬に押しあてた。
関羽にとって都合の良いことに、曹操はされるがままになっている。本当に子供ね、と内心で関羽は思う。大人で、とても賢くて強くて、美しい男。けれど自分が執着したもののことになると、離してなるものかと独占欲を発揮する子供。
「曹操、わたしは大丈夫。そう簡単に、壊れたりしないわ」
「…………」
「本当よ。もしまた貴方が狂ってしまうようなことがあるなら、わたしが戻してみせる。わたしだけじゃないわ、夏候惇も夏候淵も、猫族の皆も、あなたの兵たちだって」
「ふ、また、か。……だが、確かにあの時でさえ、お前は壊れなかったな」
だからここにいる、と曹操の目が切なげに細められる。その瞳を見ると、関羽の胸もきゅっと締め付けられた。
「だから、怖がらないで。わたしに触れることを。わたしはここにいるから……ずっと、貴方のそばに」
言い終わるが早いか、関羽は自分から曹操の唇に自分のそれを重ねた。珍しい彼女からの口付けに一瞬驚いたような曹操だったが、すぐにその立場を逆転させる。長いそれが終わる間際、関羽は軽く男に噛みついた。置いてけぼりにされているような寂しさと、不安を埋めてやれない自分への悔しさ、そして離れはしないし簡単に壊されもしないと、坩堝のようなこれらの思いがせめて少しでも伝わればいい。そんなことを思った。
「お前がじゃじゃ馬娘だということを、忘れていた」
少し上から物を言う、いつもの曹操だった。そのじゃじゃ馬娘を欲しがったのは誰かしらねと思いながら、関羽は笑う。
「そうよ。だから手綱を握っていて。貴方だけに、許してあげる」
作品名:芝桜の欲、胡蝶草の願い 作家名:璃久