Kid the phantom thief 後編
―Ⅶ―
「寺井さん、連れてってくれませんか?」
「・・・・どちらへ?」
「黒羽快斗の墓に。」
「・・・・・。」
思い出したくないあの晩。
でも、忘れられないあの晩のこと――
あの日、空からお前は降ってきた。
ふわりと降り立つのではなく、飛び出た屋根にぶつかりながら重く振ってきた。
お前を抱きとめた腕が折れなかったのが今思えば不思議だ。
おそらくは激しい痛みがあったはずなのに、
言葉にならない感情が支配していてその時は腕の痛みなど何も感じなかった。
お前は既に血まみれで、虫の息だった。
地面に下ろして、服を脱がしていった。
今まで、いろんな事件を経験したことがありがたかった。
混乱している頭でも、涙を流していても、心が壊れそうでも、
憎しみがこみ上げてこようとも…応急処置をしようと手は動いてくれたから。
綺麗なブルーと純白の色が変わっていく。
脱がしたスーツに染み込んでいく赤・・・。
『名探偵・・・っ・・・』
『それでこそ・・・私が認めた唯一の探て・・・・い。』
お前がしゃべらなくなり、動かなくなっても、
俺はお前の応急処置をしばらく止めなかった。
止めることが出来なかった。
手がまた動くんじゃないか。
瞼がまた開くんじゃないか。
声がまた聞けるんじゃないか。
もう動かないなんて信じられなかった。
『キッドォォォォォォオォオォォーーーーーーー!!!!!!!!!』
俺は、その後も、話しかけていた気がする。
『キッド大丈夫だ。』
『今すぐ病院に連れて行く。』
『俺の服を着せるから。』
『ちょっと我慢しろよ。』
・・・・・・信じたくなかった。
どうしても信じたくなかった。
キッドの死など―――
俺の上着を着せて、キッドの衣装を抱えて草むらに隠しに行った。
だが戻るとお前の姿は無かった。
その場に大量の血の跡を残して。
夢なら良かった。
今まで見たものが、
この手に残る生ぬるい感覚が、
全部夢だったら良かった・・・・
お前が目の前から消えたように、
この記憶も全部夢だったのだと、
気づいたらどんな夢だったのかと、忘れられたら良かった。
でも、お前の残した大量の血の後と、
振り返る先にある真っ赤に染まった衣装が・・
いつまでも消えてくれはしなかった。
「キッド・・・・・・・・」
俺がそこから動けるようになった時、
俺が強く抱きしめていたものは既に赤くはなかった。
そうして唯一俺の手に残ったお前のもの―――
「あの時、あいつを運んだのって寺井さんなんでしょ?」
「・・・・はい。」
寺井の車に乗り込み、
二人は黒羽快斗の墓へ向かった。
「良かった。」
「・・・・・・?」
「あのまま、俺の手にあいつが居たら…救われなかった。」
「・・・・。」
「まぁ、俺が『キッド』をやってるから・・救われてないかもしんねぇけど。」
「・・・そんなことはっ・・。」
「ありがとうございます。」
「・・それは、こちらの台詞です。
快斗ぼっちゃまを見届けていただけて嬉しく思いました。」
「・・・・俺でよかったのかな。」
その声は小さく寺井には届かなかった。
しばらく車は走り続けた。
新一はただぼんやりと外を眺めていた。
お互い思うことがあったのか、何も話さなかった。
その静寂を破ったのは寺井だった。
「到着致しました。」
作品名:Kid the phantom thief 後編 作家名:おこた