いくとせの・・・
殺生丸はりんの部屋へ向かおうときびすを返した。
「殺生丸。そなた、喜んでおるのか?りんの子供は半妖だぞ。お前が嫌っているあの半妖の弟と同じな」
母の声に、殺生丸の足が止まった。
「りんはな、それを気に病んでいる。お前が喜ばぬであろうと、な」
「ばかなことを・・」
(それで昨夜犬夜叉のことなぞ聞いたのか・・・りんは自分が懐妊していると気づいたから)
殺生丸は昨夜のりんの不可解な様子を思い出した。
「殺生丸。りんはお前が喜ばぬと思い、この屋敷を出ていくといっておる。せっかく嫁にきたというのになあ。どうする?殺生丸。りんを追い出すか?腹の中の子と共に?」
殺生丸は母の顔を見返した。その金色の瞳に炎がゆらめいている。
(ほほう、こいつ、怒っておるわ)
「母上。いくら母上でもいってよいことと悪いことがある」
「ほう、そうかえ?」
「りんの子はこの殺生丸の子だ」
(そりゃ、そうじゃろうなあ)母は心のうちでつぶやく。
「それで十分だ」
そう短く言って殺生丸はりんの部屋へ急いだ。
(ほう。あいつ、気にせんのか。ずいぶん成長したのう。昔はあれだけ血筋にこだわっていたくせに)
母は苦笑しつつ、愚息の後姿を見送った。
すべてを聞いていた邪見は、りんが殺生丸の子を産むといういまさらの現実に口をぱくぱくさせていた。
「小妖怪」
「じゃ、邪見でございます・・・」
「赤子に必要なものを整えよ。子はきっと男ぞ。世継ぎとしての仕度を立派に整えばな」
母はくすくすと楽しげに笑った。
「りん」
「せ、殺生丸さま!」
いきなりふすまが開いて飛び込んできた殺生丸に、りんは慌てて夜具から身を起こした。その背をさっと腕を伸ばして殺生丸が支える。
「無理するな」
「あ・・・殺生丸さま・・・わたし・・・あの・・・」
「子ができたそうだな」
殺生丸がりんの目をじっとみつめる。
「はい・・・あの・・・殺生丸さま・・・迷惑かもしれませんが・・・でも・・・りん一人でも育てたいと・・」
りんはどきどきして思わず顔を伏せてしまう。
(やっぱり、半妖はいやだよね・・・)
とたんにふわっと、殺生丸の腕の中に抱きしめられる。
「りん。でかしたぞ」
「殺生丸さま?・・・怒ってないの?・・・」
「りん。なぜ私が怒るのだ?」
「だって・・・りんは人間で・・・だから子供は半妖になるから・・」
「ばかなことを・・・。お前を娶るときからわかっていたことだ、我らの子が半妖になることは」
「そう・・だね・・・」
「それに私はお前を毎夜あれだけ愛しんでいるのに、子ができないと思っていたとでも?」
「あ・・じゃあ、殺生丸さま、怒っていないんだ?」
「りん。そんなことを言うお前を怒るぞ。なぜ、私が喜ぶと思わないのだ?」
「だって・・・」
「私は・・・望んでいたのだ。お前との子を。お前の血が流れる子を」
「ほんと?殺生丸さま・・」
「知れたことよ」
殺生丸はりんを抱く腕に力をこめた。
「お前はだから昨夜あのようなことを言い出したのだな・・・。人間というものは時折不便な生き物だ。言葉に出さなければ、わからないことが多すぎる」
殺生丸はりんの髪をやさしくなでながらつぶやく。
「だって・・・」
りんは知らぬのだ。父の真意がわからず、半分人間の血をひく弟に刀を譲った父に怒りとさみしさを抱えていた自分。だから半妖が憎かった。父上の血を半分しか引いてないくせに、父に愛されている弟が憎かった。しかし、そんな憎しみはもう終わったのだ。父へのわだかまりは溶けた。私は偉大な父という存在をもう乗り越えている・・・。いまさら、半妖か否かなど、そんなものにこだわる自分はいない。
そう、りん、お前は知らぬのだ。人間であるお前が二度と人の里に帰るなどと言い出すことがないように、子をほしいと私が切望していたことを。お前を私に永遠につなぎとめられるように。人間という短い生をもつお前が、この世に永遠にとどまれるよう、お前の命がこの世で永遠に繋がっていくよう。お前の血をひく子を私は切望していたのだ。幾年も、幾世も、お前の命が続いていくように。
「りん・・・お前はこれで、私のものだ。本当に私のものだ」
「殺生丸さまったら・・・変なの。りんはずっと前から殺生丸さまのものでしょう?」
「そうか・・」
「そうです」
殺生丸はりんの唇をそっと吸った。
「りん。丈夫な子を産むのだ。この殺生丸の跡取りをな」
「男の子かどうか、まだわかりませんけれど」
「女でもよい。りんに似たよい娘になる」
「はい・・・」
殺生丸はりんの体をやさしく抱いた。
「・・・しかし、困ったな」
殺生丸が眉をひそめる。
「え?」
「りん、子はいつ生まれるのだ?」
「うん、よくわからないの。珊瑚さまの場合10ヶ月くらいかかったの。半分妖怪だとどうかな。母上さまは半年くらいっていってたけど・・・」
「長いな・・・」殺生丸の眉間のしわが深くなる。
「長いかな・・・」
「長い。りん、その間、お前を抱けんのか?」
「なっ・・・し、知りません。りん、初めてで、よくわからないし・・・」
「後で母に聞いておく」
(えっ!そんなこと、母上様に聞くの・・・・。殺生丸さまって意外と天然・・・)
りんは胸のうちでつぶやいた。
「りん。体をいとえよ」
もう一度、殺生丸はりんと唇を合わせた。
殺生丸はその長い指でりんの体をなでていく。やさしく、やさしく。
りんはいつもと違うおだやかな殺生丸の愛撫に、心地よく身を任せていた。
◇◇あとがき◇◇
殺生丸とりんちゃんに子供ができたら、それはやっぱり半妖だし、殺生丸はどうするのだろう?という想像から生まれたお話です。でも結局りんちゃんラブなので、りんちゃんの子供だったら半妖だろうと何だろうと可愛がるのではないかと。それに、殺生丸さまは犬夜叉との確執をもう整理できているのではないかと。そういう考えから、このようなお話になりました。