胡蝶の夢 (Fairy Tales epi.3張飛)
「……っ、っく……」
目の前で泣いている女の子がいる。綺麗な栗色の髪と、彼らが住まう場所でただひとり、漆黒の目を持つ女の子。張飛がずっと憧れ続ける存在。いつも気丈に輝くその瞳が今は涙に濡れている。そんな彼女を見たことがなかったから、張飛はどうしたら良いのかわからずに焦っていた。
「ど、どした?」
「ふぇ……」
そこでやっと、張飛はその女の子が随分幼いことに気がついた。身長などとうの昔に追い越してしまっていたが、それでも目線があまりに違いすぎた。少しだけ腰を屈めると、女の子と目線が近くなる。けれど女の子は顔を上げようともしない。ただ泣きじゃくるばかりだ。本当に張飛は困ってしまった。どうすればいいのだろう。とにかく何か話しかけようと、口を開く。
「えーと……、俺、もしかして何かした?」
「…………」
「えっ? ま、まじで? 何? お、俺何かしたっけ?」
張飛はここ最近の自分を思い出そうとする。が、どうしても関羽の気に触るような何かがあったとは思い出せなかった。おろおろするうちに、女の子が顔をあげる。その顔はいつの間にか、成長した彼女のそれになっていた。まだ涙が頬を伝っている。せめて拭おうと手を伸ばし、けれどそれは届かない。ぱしん、と音を立てて手が振り払われた。とっさのことに、張飛は反応出来ない。呆然と彼女の顔を見る。彼女はまだ涙を流しながら、それでもはっきりとした声音で言った。
「……嫌いよ、あなたなんか、きらい」
作品名:胡蝶の夢 (Fairy Tales epi.3張飛) 作家名:璃久