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君を体内(なか)まで愛したい

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 ヨーグルトと、何故か満足そうな顔をしている臨也を交互に見るが彼の真意がわからず帝人の唇からは疑問符が自然と洩れた。
 「え?あの……え?」
 「あれ?ヨーグルト嫌いだった?駄目だよ好き嫌いしたら。もしかして乳製品全般苦手だったりするの?……あー、だから身長……」
 他人の身体的特徴についてあれこれ口を出すなんてなんて失礼な人なんだろう。そもそもまだ高校一年生なのだからこれから身長だってぐんぐん伸びるはずだ。はずだ。多分。
 帝人はむきになって答えた。
 「いや、そもそも僕乳製品嫌いじゃないです!」
 「あ、そう」
 「固いもの以外なら大抵のものは食べられます!」
 「おじいちゃんみたいだね」
 「…………あの、それでこれは一体」
 これを届けにきたと臨也は言ったが、そんな宅配サービスを頼んだ覚えは帝人にはなかった。
 「嫌いじゃないならいいんだ。帝人君に是非食べてほしくて今日ここに持ってきたわけだからね」
 「はあ……」
 さっきからこの人は人の話をきちんと聞いているのだろうか。妙な齟齬、というかそもそも何か脳味噌の使っている部分が自分と違う気がして、帝人は体が脱力をするのを感じた。もう寝てしまいたかった。
 「さ、食べて」
 臨也は帝人の方へヨーグルトを滑らすと知人が見たら戦慄するような笑顔を向けた。
 「…………あの、もしかして治験みたいなものですか?」
 思わずそう聞かずにはいられなかった。
 「あはは。面白い事いうねえ」
 「…………」
 「…………どうしたの?」
 「何か、その、僕をどうこうしようとか考えてるんですか?」
 帝人は彼の友人である都市伝説の恋人兼闇医者と彼の助手、製薬会社の元社員を思い出しながら言った。
 「えっ」
 「…………」
 「そっ、そんな、帝人君をどうこうなんてっ」
 顔を真っ赤にして突然うろたえた臨也に帝人の思考はやっぱりヨーグルトの中には何か入っていて口外出来ないような新薬の実験台にされる所だったんだな、と行きつく。臨也の反応がまるで女子高生のようだがそれはきっと気のせいだ。
 「違うからね!帝人君、俺は決してやましい気持ちなんて…………まあ、ちょっとお兄さんのお話聞こうか」
 クールダウンを果たした臨也が言うには机の上のヨーグルトは本当にただのヨーグルトらしい。
 「嘘はついてないし、ヨーグルトに関して開示していない情報もない。これでもし君の体に何らかの害悪が訪れたら俺は情報屋を畳んだって良い」
と自ら太鼓判を押した臨也を帝人はじっと見て、ヨーグルトへと視線を落とした。
 「あの、結局これ僕が食べる事を強要されてますけど意味あるんですか?」
 「ある!」
 「その意味って何ですか?」
 「…………帝人君」
 臨也は机越しに帝人の両肩を掴み顔を寄せた。
 「は、はい」
 「俺を助けると思って、ね?」
 「いや、今のでどう考えてもただのヨーグルトじゃないって事が証明されましたよね」
 「いや、正真正銘ただのヨーグルトだよ。強いて言うなら高いやつだよ。良やつだよ。君が絶対買わない値段だよ」
 「あの、さっきから会話に嫌味挟むの止めてくれませか」
 「とにかく食べて。言っておくけど君がそれ食べるまで俺ここから動かないから」
 「えっ」



 あの夜、結局どうやってあのヨーグルトを口にしたのかを帝人は覚えていない。気がついたら机に突っ伏して寝ていた。机の上には空のヨーグルトの容器。幸い体調に変化はなかった。この時の事を話すと、臨也は決まって機嫌の良さそうな顔で「だから言ったでしょ、情報屋は嘘つかないって」とインディアンの友達みたいな事を言う。そもそもそんな事は言ってなかったと帝人は口に出さずに突っ込んでおいた。
 しかし、あの夜から臨也は毎晩帝人の家に上がっては彼がヨーグルトを胃に納めるのを確認しては帰ると言う謎の行動を繰り返した。
もう1ヶ月になる。
 「あの、何で毎日来るんですか?」
 「え?だって帝人君食べるのサボるかもしれないでしょ」
 「そもそも何で毎日ヨーグルト食べさせに来るんですか?」
 「健康的で良いじゃない」
 「それは、まあ、そうですけど。けど毎日って」
 「学校の友達とはほとんど毎日会うだろう?それとどう違うんだい?」
 帝人は友達、という言葉に妙な含みを感じた。あえて実名を避けている様な、遠まわしな使い方だ。
 「土日は会いません」
 「嘘。部活とか……街で遊んだりするじゃない」
 臨也の目が剣呑な閃き方をした。こちらから何か言葉を引き出そうとするような視線から逃げるように、帝人は目を伏せた。
 「でも、ここの所毎日会うのは臨也さんだけですよ」
 新宿の情報屋は本当によくわからない。



 帝人と臨也の謎のヨーグルト週間は3ヶ月目に突入した。
 こうなるともうヨーグルトを食べる事を強制される事よりも、むしろ彼が毎晩訪れる時間や場所が違う事の方が問題だった。
 この間は平日の深夜3時に叩き起こされた。鍵をかけたはずの窓が開いていたのはよくよく考えるとかなり重大な事だったように思う。あまりの眠気に当時はその事について言及しなかったが、そう言えばあの時は眠すぎて目が開かず臨也が自らスプーンを口に運んできた。帝人としては一日くらいサボってもよいのにと思わずにはいられない。
 新宿の情報屋はまめだ。
 季節外れの心霊特番を見ている時に臨也がやってきた事もあった。さすがに妖怪天井下がりよろしく押入れの天井から下りてきた時は心臓が止まるかと思った。その後成り行きで肩を並べて心霊特番観賞会となだれ込んだ。
 「……トイレも花子さんも現代版とかになるとさあ」
 「はい?」
 「ぼっちで昼休みにトイレでお弁当食べてた時に運悪く何かの要因で命を落として幽霊化、みたいなかんじになるのかな」
 「何ですかその悲しすぎる出生の秘密は!」
 新宿の情報屋は非情だ。



 帝人と臨也のヨーグルト週間が始まって一年が経過した。
 「帝人君の実家って田舎なんだよね」
 テーブルの上のおにぎりをほおばりながら臨也は確認するように話題を振った。
 「はい、田んぼとかありますよ」
 帝人はヨーグルトを口に運びながら答えた。
慣れとは恐ろしいものですっかり深夜の来訪にもまるで春の訪れを迎える草木のように順応した帝人は相変わらず毎日やってくる臨也に夜食を振舞っていた。
 「ピロリ菌って知ってる?」
 「…………何か可愛いですね」
 「いや、菌だから」
 「名前だけならどこかで聞いた事ありますけど」
 「そう、まあ良いけどね。ごちそうさま」
 臨也は湯呑を煽り両の手を合わせるとコートへ袖を通す。
 「じゃあまた。戸締りちゃんとするんだよ」
 「臨也さんも帰り気をつけてくださいね」
 「うん。おやすみ」
 「はい、おやすみなさい」
 黒いコートの後ろ姿が街灯の少ない道へと消えていくのを見送る。
 帝人はほとんど定型文になりつつある別れ際の会話にふとこの一年の事を思い返した。