予 感(※同人誌「春の湊」より)
ついでに新選組とも遊んでやろう。雪村の女鬼が新選組の元に身を置くかぎり、やつらへの嫌がらせには事欠かなそうだ。
人の悪い笑みを浮かべ、千景は満たした盃を煽るのだった。
※
あれから随分と月日は流れ、新選組を追って蝦夷行きの船を探す間に、千景と千鶴の関係は明らかに変化してきていた。
はじめは千景や天霧に対して怯え、警戒していたが近頃では随分と態度が軟化し、心を開いている時もある。雑居をするようになってからは特にそうだ。
そこは新選組という男所帯に長く身を置いていたことで慣れがあるのかもしれないが、彼女自身、様々な経験をし多少図太くもなっていたのだろう。
何より、鬼である自覚が薄いことが幸いしてか、風間家の長であり、西の鬼たちの頭領たる千景に対しても遠慮のない言動でこちらを驚かせもする。
今もまさに、そんな状態だ。
「…風間さん、お酒ばっかり呑まないでちゃんと御飯も食べてくださいね。胃によくないんですから」
間借りしている家の中、夕食時に酒を嗜む千景に対して、彼女は由々しい目を向ける。
せっせと家事をこなす彼女は、自覚があるのかないのか、もはや一家の女主人のようだった。特に千景の酒量にはよく注意を促している。
「…口煩い嫁だ」
「よ、嫁じゃないですっ」
ぎょっと反論する千鶴に対し、彼はいつもの抑揚のない口調で続ける。
「鬼の俺が胃なぞ壊すか。第一、安酒は口にしておらぬぞ」
悠然と受け流す千景に対して、千鶴は食事の箸を止め、じっと彼を見つめ目を細めた。
「安いとか高いとかの問題じゃありません。風間さんはちょっと飲み過ぎです。……天霧さんもそう思いますよね?」
顔をこちらに向ける千鶴に、天霧は少々困って眉を寄せる。
できればあまりこちらに話を振って欲しくはなかったのだが同じ部屋で食事をしている以上は仕方がないと諦める。
「…風間様なりには考えているようですが」
当たり障りのない言葉を返すと、同意を得られなかった千鶴は少しがっかりしたように息を漏した。
「…天霧さんには普通に見えちゃってるんですかね…」
「…いえ、そういうわけでは…」
実際、千景の生活面には思うところもあるにはあるのだが、それを意見したからといって聞く男ではないし、煙たがるだけなのだ。
天霧はある意味諦めているので冷静に見ているだけだが、彼女は違うらしい。千景の素行を見すごせず、正そうとする。単に千鶴の性分なのかもしれない。けれど、どうでもいい相手なら彼女も煙たがることはわざわざ口にしないだろう。ということは…気遣う程度には千景のことを考えるようになったのか。
「俺とてお前の意見を聞き入れて銚子二本で我慢してやっているのだぞ。酒の飲み方まであれこれ口出しするな」
「家計をあずからせてもらってるんですから意見するのは当り前です。風間さんの呑むお酒は本当に高いんですからね。身体のことも心配ですけど、もうちょっと金銭的にも節制してもらわないと」
千景は彼女に余裕の出る程度に金を渡している。そもそも金勘定は主筋の千景がすることもでもなかったため、以前は家老の天霧がこなしていたが、間借することになった際、千景は躊躇いもなくその役目を千鶴に与えた。彼なりに彼女を信頼しているのだろう。まあはじめは、千鶴もいきなり渡された大金と役目に目を白黒させていたのだが。
「……まったく、お前を嫁にしたら毎晩あれこれ言われることになりそうだな」
僅かに面倒だという表情を浮かべる千景に、彼女は目を見開き、そして顔を赤くして反論をする。
「も、もうっ!嫁になるなんてわたし一言も言ってませんよ!ただ風間さんの生活面が目にあまるから注意してるだけですっ」
「…むきになるな。お前の気持ちはよくわかった」
「?!わかったって、何がわかったんですか?!」
「俺の素行が気になって仕方がないほど、お前は俺の嫁になりたいらしい。…いい傾向だ」
「?!はぁ?!」
彼等の温度差は明らかだったが、あえて触れずに黙々と食事をする天霧はちらりと言い合いをしているふたりを見やる。
千鶴はもっと性根は大人しい娘かと思っていたのだが、千景相手では大きく崩れてしまうようだ。
また、千景は千景ですぐむきになる意地っ張りな千鶴をからかいながら反応を見、彼女との忌憚のない(?)言い合いを楽しんでいるきらいがある。
女鬼には基本的に甘い性があるとはいえ、あの千景がそれなりに大人しく(生活面に関しては)彼女の言い分を聞いているのだから、もはやただの『女鬼』という価値で千鶴を見ていないのかもしれない。
千鶴を見つけた頃はどうなることやらと思ったが、これも一種の和やかな関係といえるのなら………案外、似合いの『夫婦』になるかもしれない。
そんな予感がちらりと脳裏を掠めたが、これを口にしたなら千景を増長させ、千鶴を炎上(または卒倒)させるだろうと思い、主に後者の気持ちを考え、天霧の胸の内だけのことにした。
全ては、函館まで辿り着いた後のこと。とりあえずは彼の地へ行かねばならない。
風間千景と雪村千鶴がどんな未来を選び取るのかは、それからでも構わないだろう。
願わくば、千景の傍らに千鶴がいて欲しいものだが、果たしてどう転ぶのか。
「……もう、風間さんと話してると会話になりません」
不毛な言い合いだということに気付いた千鶴は少々むくれて顔をそむける。
「…お前が根本を履き違えているからそうなる」
「履き違えてるのはどっちなんですか?」
「俺ではない。お前の方だ」
「……ほら、会話にならない…」
呆れたように呟く千鶴と、怪訝そうな千景。
双方を眺め、天霧はふっと口元を緩めた。
やはり。
この我がままで気紛れな主人には、彼女のような嫁がお似合いか。
千鶴には悪い気もするが、近い将来、この予感は確信にかわるだろうと思った。
了
【後書きみたいなもの】
今となっては懐かしい+恥ずかしい短編です(苦笑)
作品名:予 感(※同人誌「春の湊」より) 作家名:なこ