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旅立ちの朝に(※同人誌「春の湊」より)

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 このままでは垨があかない。
「も、もう!とにかく、いつものお洋服に着替えてください!目立ちすぎて落ち着けません!」
「駄目か」
「駄目です!」
「どうしてもか」
「どうしても、です!!」
 むうと睨みながら見上げていると、しばし沈黙した風間さんが「まったく…」と嘆息を漏らす。
「お前がそこまで言うなら仕方あるまい。……美を解さぬ奥を持つと苦労する」
 美を解さぬ?!し、失礼な!そ、それよりも!
「奥じゃありません!」
 聞き捨てならない言葉への反論は忘れない。
 そうして、風間さんは観念したように息をつき、居間を出ていく。着替えるつもりなのだろう。
 わたしは一気に脱力する。
 ようやく問題解決、と思いつつ、はっと首にしっかりと巻き付いている襟巻きを返しそびれたことに気づいてあたふたしていると、それまで黙ってわたしたちのやりとりを静観(?)していた天霧さんがようやく口を開く。
「姫、襟巻きに顔が埋もれておりますな…」
 と、とうでもいい感想をくれたのだった。







 遠洋航海の大型帆船の出港準備を待つ間、蝦夷地の方向を見つめている千鶴の背中を少し離れたところから俺は眺めていた。
 傍に天霧が近づくと。
「…あなたも素直ではない」
 同じように千鶴の背に目をやりながら、天霧は短くつぶやく。
 刀に手を置きながら、千鶴から目を離すこともなく鼻をならした。
「何のことだ」
 奴の言いたいことはわかっていたが、あえて素知らぬふりをした。
「ここのところ、雪村の姫は酷く思い詰めておりましたからな…。今朝の『あれ』でいつもの調子を取り戻したようですが」
「………」
 蝦夷地への出発が近づくにつれ、千鶴の気配は張りつめるばかり。新選組の安否が絶望的だとおびえながらも、どんな結末であれその生き様を見届けるという現実と向き合い、彼女なりに戦っていただのだろうが。
「姫の張りつめた緊張を解そうとした、あなたの意図はとりあえず成功のようですね」
 珍しく天霧はふっと笑みを浮かべた。
 俺は眉を寄せてそんな奴を一瞥する。
「俺は着たいからあれを着ただけのこと。貴様の思い過ごしだ」
 と言葉少なに言い放つ。
「…では、そういうことにしておきましょう」
 何もかも見透かしているように笑みを見せる天霧を無視して視線を戻す。
 細く小さな背中にある怯えの色は消えないが、それでも幾分か緊張からは解放されたようだった。
 まったく、俺がわざわざあの女鬼のために茶番を演じねばならんとは。…かつてでは考えられぬことだ。
 苛立ち半分、しかし不思議にもそれも悪い気はしない。
 意地と張りとを貫こうとする新選組というバカどもに惹かれ、その一点にのみで繋がった我らの縁が、どう転ぶかはまだ知れない。
 新選組の末路を見届けるという『興味』の他に、まるで叶わぬ恋でもしているかのような千鶴が、どう残酷な現実と向き合い、これから歩き出すのか、俺はそちらの『興味』も尽きぬのだ。
 千鶴が乗り越える現実の先に、きっと我らの未来もある。まずはあれが後ろを振り返るばかりの抜け殻ではなく、痛みを乗り越える強さとしたたかさを身につけねば……頭領の妻には出来ぬ。俺は生ける屍など欲しておらぬのだから。
 彼女の意識のすべてが新選組にあることに、その一途さに、腹の中ではじりじりと苛立つものがないではないが、今はあえて気づかぬように目を背けていよう。そう遠くない未来、おのずと答えは出るはず。
 そこまで考えて、俺は内心嘆息する。
 ひとりの女のためにこの俺がここまで思案し、よもや蝦夷にまで向かうことになろうとは…。
 薩摩を出たときには思いもしなかった。
 だがまあ…しかし。

「…俺も随分と下らぬ男になったものだ」
 そんな自身の変化に少し愉快な気持ちにもなりながら、自嘲気味につぶやいた俺を天霧が目を細める仕草で応えていた。





【後書きみたいなもの】
後の創作「黎明録/if」とのハイパーリンク箇所があったする創作です。