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白 昼 夢(※同人誌「春の湊」より)

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白 昼 夢


 師走の酷く冷え込む夜だった。
 千鶴は布団の中で震えていた。隙間風が入ってくるわけではないが、外気の冷たさはどこからなりと忍び込むものである。
 眠ってしまえばいいのだろうが、凍える身体がそれを許さず、千鶴に微睡みを与えない。
(…うう…、どうしよう。もう少し何か着込もうかしら。そうすれば、少しは暖かくなるだろうし…)
 そう考えるものの、夜具から出ることを躊躇う。掛け布団の上に置いていた半纏は、もうすでに着込んでいる。となると、ようやく温めた夜具から一旦出なくてはならなくなる。それが苦痛であった。
(ああ寒い…。京の冬も寒かったけど、何故だかあの頃は気にならなかったのよね。たぶん、考えることや、やる事が多すぎて、寒さどころじゃなかったんだわ…)
 十代から二十代の、多感な時期を過ごした場所を思い出し、懐かしさと共に、わずかに苦いものがこみ上げる。
 こうして、どんどんあの頃の思い出は遠くなる。維新の嵐の中で、千鶴の前を駆け抜けていった命たち。忘却などできるはずもないと思いながら、いつか彼らの面差しが記憶から薄れてしまうのではないだろうかと彼女を怖れさせるのは、今ある平和な日常の所為だった。
 あの儚くも、怒濤の日々が嘘のように彼女の暮らしは穏やかだった。いや、江戸に戻り、穏やかな日々を得るまでには、それなりの葛藤や哀しみがあったが努めて穏やかであろうと心がけた。
 綱道の跡を継ぎ、医者になろうと決意をし、日々を忙殺させることで思い出に浸ることを避けてきた。
 しかし、こうして眠れぬ寒い夜は、決まって彼女の脳裏に新選組との日々が巡り、胸を締めつける。
 苦しい日々だった。けれど、楽しい日々でもあった。彼らからはぐれ、その結末を見届け、区切りをつけ、もうすっかり立ち直ったかのように振る舞ってはいても、誰もいない家で、静まり返った部屋の中、独り寝をするとたまらない寂しさがこみ上げ、千鶴を苦しめる。
 望んでいるわけではないのに、涙が盛り上がり、流れる。
(…情けない…。まるでわたしだけが取り残されたような気持ちになって、勝手に苦しんで泣いて…。強くならなきゃいけないのに…ひとりで生きて行けるくらいに強くなりたいのに…思い出に縋ろうとしてしまうなんて)
 寂しさの余り、あの頃を取り戻したいと後ろを振り返る自身に呆れながら、その弱さにも憤り、千鶴は涙を流す。哀しいのか、腹立たしいのか途中からわからなくなる涙。これで、一体何度目になるのか。
 鼻をすすりながら、涙を何度か拭うと、気持ちを切り替えるために、いつも別のことを考えた。
 千鶴が途方に暮れる、底なしの孤独を知らずに済んだのは、彼女を拾って蝦夷まで連れて行ってくれた『彼』がいたからだ。新選組にはぐれ、彷徨っていたところを助けてくれた『彼』、風間千景。
 思えば彼との縁も新選組同様、不思議なものだった。
 彼へのはじめの印象はとても酷い。千鶴を物か何かと同じように言い、自分以外の者を尊大に見下して、おおよそ理解など出来るはずもないひとだと思っていた。千鶴を『嫁』だの『妻』だの言っては困惑させ、ほとんど嫌がらせのように屯所を襲撃し…。ともすれば、千鶴を痛めつけることも厭わないかのような振る舞いに、恐怖し、完全に彼へ拒絶感を抱くほどになっていた。
 けれど、時々ひとりで彼に遭遇した時には、態度が異なり、それなりに千鶴に対して優しさを見せていたことで、どういうつもりなのだろうかと、にわかに混乱をしたものだった。後々、単に千景にとって、自分は新選組への嫌がらせ材料でしかなかったことを知るわけだが、それはそれで酷い話である。
 はぐれて遭遇した際も、切迫した状況だったからこそ、藁にも縋る思いで千景に着いて行くと決めたが、今思えば随分と無謀な行動だったと思う。いや、もしかしたらどこかで彼を信用してもよいと思えていたのかもしれない。島原に入り込んだ際、彼は千鶴との約束を守ってくれたし、時々見せる、不可解な優しさを顧みて。
 北上をはじめた時は、さすがに怯えが勝ち、怖々と接していたのだが、次第に「このひとにははっきりものを言わないと会話が成立しない」と気づき、遠慮は少なくなっていった。
 その最たるは、数ヶ月滞在した仙台での日々。よもやまさか、出会った頃は彼と雑居をすることになろうとは思いもしなかった彼女だが、情報収集は彼らにまかせ、家事や千景の世話、さらには酒量に口出しをし、腹を立てたり絶句をしたりと忙しなくしているうちに、いつの間にか当初より打ち解け、彼へ抱いていた拒絶感や恐怖は薄れていった。
(わたしは根が単純だからかもしれないけど……それだけじゃない…。風間さんは…きっと、寂しいひとだから…ただ嫌うことは、出来なくなってしまったの…)
 何事にも揺るぎなく、顧みない千景だが、彼に時々よぎる、言葉にならない虚無感をいつの頃からか千鶴は気づいていた。ふと遠い眼差しで、酒器を持ち、わずかに睫毛を伏せる仕草を見せた時など、顕著になる。薄らと開かれた唇に滲ませる孤独と虚無。近づくことを躊躇うほど、その瞬間の彼は暗い水底のような目をして、独りきりに見えた。
 風間の長、西の鬼の頭領。そう呼ばれ、自他ともに、その立場に見合うだけの器量や力量を兼ね備えていることは疑わない。それなのに、彼の心は常に独りきり。底冷えするほどの、冷たい孤独というものを彼に見た気がした。
(里には血のつながる一族がいて、わたしのように誰一人身内がいないわけではない。それなのに何故それほどに虚無を抱き、孤独なのか、あの頃のわたしにはわからなかった。彼の背負っているものも。彼は西の鬼の頭領で、身も心も強いひとだと今でも思う。それだけに、心の内を簡単に見せるひとじゃないし、腹の中の深いところをけして誰にも晒したりはしない…。きっとそれが風間さんの矜持なのだろうと思う。でも、彼にも心はある…雪村の里で見せてくれた憐憫は、嘘じゃなかった。彼は雪村の里を見ることで、自分自身に言い聞かせたのではないかしら…?…同じさだめを、風間に降り掛からせないように……改めて『自分』を殺す、決意をして)
 彼と過ごした日々は、彼を見る側面を様々に変えた。と、同時に彼への理解をも深めた。もちろん、認められない性格的な問題もあるにはあるが。
 そうして、雑居し、日々を過ごすうち、彼の虚無が蝦夷に着く頃には薄れていたように思う。理由は、よくわからないままだが。
 別れ際、不意に千鶴を引き寄せ唇を奪っていった千景を思い、千鶴はわずかに笑みを浮かべる。
(わたしの許しも無く唇を重ねて、一方的な言葉を残して去って行った…酷いひと。あの後、わたしがどれだけ混乱と動揺を繰り返したか…知りもしないで…)
 彼との思い出に、悲しいものはひとつもない。それは唯一、彼女の心を慰めるものだった。
 一瞬重なった唇を指でなぞり、千景をぼんやりと思い出す時、普段は内に押し込めている気持ちが胸に広がる。
「………逢いたいな……」
 貴方に、逢いたい…。
 ぽつりと呟くと、切なさがよぎる。
 果たしてこれが、愛情と呼べるものなのか、まだはっきりはしない。
 でも。