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梔 子(※同人誌「春の湊」より)

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梔 子


 睦月。
 さしあたって、などと言いつつ、千景はちゃっかりと雪村家に居座ることとなった。
 もちろん、彼は金銭に困っているわけではない。
 ひとりで診療所を切り盛りする千鶴に対し、その無防備さや、純血のはぐれ鬼である無自覚さ、夜、女がひとりでいることへの危うさ…。そんなものを上から不機嫌に語るだけ語り、「だから俺がいてやる」と勝手に自己完結した結果が、それだった。
 反論しようにも、彼は珍しく饒舌に、具体的な例まであげて千鶴の不安を煽った所為で、『お断り』することができなくなってしまったのだ。ほとんど、なしくずし的に再び雑居は始まった。
 千景は、普段何をしているというわけではない。ふらっといなくなったかと思えば、酒壺片手に戻ってくる。下戸の千鶴には酒の魅力はわからないが、千景の場合、あまりに生活に密着しすぎていて由々しく思った。意見すれば、「口うるさい嫁」と言われ、まともに取り合ってはもらえないものの、それでも以前雑居していた時のように、酒量については守ってくれている。…一応。
 しかし、一人暮らしではなくなると、途端に自分に活気が出たように思う。
 誰かの世話をしているというのは、生活に張りがある。やりがいがあるかどうかは別にして。

 冬の寒空としてはめずらしくあたたかな陽気になった昼、千鶴は布団を干した。
(今日は暖かかったから、お布団もふかふかで、きっと温いわ。いい夢が見られるかも…)
 その夜、すでに寝る支度を済ませて千景のために夜具を整えると、立ち上がり、客間を出て居間へ向かう。
「風間さん、お布団敷けましたよ」
 声をかけると、千景は悠々と酒を煽り、視線だけ千鶴に流すと「あぁ」と返事をした。
 千鶴はもう慣れているが、彼は『殿様』育ちだ。自分のことは最低限しかしない。以前天霧に話してもらったのだが、千景は生まれた時から下男下女にかしずかれて来たため、自分から何かをする必要はなかったのだそうだ。道理でと、あの性格にまず当時納得をしたのが懐かしい。それでも風間の里を出てからは、いくらか自分で動くようにはなったらしいのだが…しかし、千鶴から見ればどのあたりがそうなのか、まるでわからない。
(わたしが苦にしてないからいいものの…世話嫌いの女の人だったら全然駄目よね…風間さんの相手は…)
 そんなことを考えている間に、千景は酒器を置いて立ち上がり、何故か千鶴の手を取った。
「?…どうしたんですか?」
 怪訝に問いかけると、彼は無言でそのまま千鶴を引いて、廊下に出ると客間へ向かおうとする。
「…ちょ…ちょっと、風間さん…っ…、何なんですか、一体…」
 その手を振り払うことはしなかったものの、抗議だけはすると、彼はちらりと振り返った。
「…今宵は冷えそうだ。俺と共に休め」
 静かに吹きかけられた内容に、千鶴は目を見開き、身を固くした。
「…な…?!」
 絶句であった。
 まさか、そんなことを提案されるとは思わないまま、千鶴は客間に入ってしまう。
 そこで、はっと我にかえり、ぎゅっと繋がっている手に力を込めて、千景を押しとどめる。
「ま、待ってください…っ、大丈夫です…っ、寒いのには慣れてますから…っ!」
「遠慮をするな」
「し、してません、してませんっ!全くしてませんっ!」
 焦って強く告げると、千景はすっと瞳を細め、彼女を捉える。
「………嫌なのか」
 不満げに低く問われ、千鶴は身を震わせる。
「…い、嫌って……嫌というより、とてもはしたないことだと思います!…だってこれは…」
 いわゆる、『同衾』というものだ。
 思わずぼっと顔赤らめると、さらに言い募る。
「か、風間さん、以前言いましたよね?しゅ、祝言を挙げるまでは何もしないって…っ…そ、それなのにこれはいけないと思いますっ!」
「…お前は俺の妻になるのだ。はしたなくなどあるまい。…まあ、恥じらい怖れおののくお前を籠絡するのは楽しかろうが…」
「?!」
 艶かしく浮かんだ口元の笑みに、今度はぞっとする。そんな彼女に千景は続ける。
「……それに、お前は何か勘違いしているようだな」
「……え?か、勘違い?」
「そうだ。俺は共に休めと言いはしたが、お前を抱くとは一言も言っておらぬぞ。…千鶴、何を期待していたのだ?」
「……っ!!!」
 彼独特の、人の悪い笑みを見せられ、千鶴は自身の自意識過剰に、首まで真っ赤にした。
 あまりの恥ずかしさに言葉が紡げず、口をぱくぱくさせていると、千景は千鶴の頬に触れる。
「…俺は、ただお前の香気を感じていたいだけだ」
「………え?……」
 首を捻り、隙だらけになった千鶴を連れて千景は掛け布団を開き、夜具に腰を付けると、引っ張り込んだ。
 重心を欠いた千鶴の身体は、逆らうこともできず千景の胸にぶつかり、転がる。
「……っ?!」
 瞬きを繰り返し、戸惑っている間に、千景は身を横たえ、掛け布団にすっぽり包まれる。と同時に抱き込まれ、ふたりはとうとう(?)『同衾』を果たした。
 しかし、千鶴は完全に金縛り状態である。
 予想通り、夜具は昼間の日差しを受けて膨らみ、暖かい。しかし、これは千鶴の夜具ではないし、千景のぬくもりまでついている。腕の中に抱き込まれ、夜着越しの胸板に顔を埋め、混乱をした。千鶴の心臓が尋常ではなく、暴れだす。
 千景が息をつき、千鶴の髪を撫ではじめた時に、動揺しながらも、ようやくなんとか言葉を紡いだ。
「……か、風間さん…酔ってるんですか…?!」
「…ああそうだな。酔ってはいるか…お前の香気に…」
「…意味はわかりませんが、ぞっとするからやめてください」
「………ふん…お前は口説き甲斐のない女だな」
 呆れたように息を漏らしてものの、口調は楽し気だった。
 千鶴は手を突っ張って、なんとか逃れようと試みる。ところが。
「……あ…あれ…も、もう…どうして…」
(まったくびくともしないの…?!)
 突っ張るだけではなく、もがいてもみるのだが、千景が動じる気配がない。まったく歯が立たない。
「抵抗でもしているつもりか?その程度で俺を退かせることはできぬぞ。…まったく、色気も情緒もないやつめ…」
 と、さらに力を込められ強く引き込まれると、千鶴は声にならない悲鳴を上げた。
「…っ……!!」
(も、もう駄目。こんな恥ずかしい体勢で落ち着けるわけもないし、それ以上に眠れるわけがないわ…!)
「…も、もう…い、いじめないでくだい…っ」
 震えながら告げると、千景はわずかに力を緩める。
「…これのどこがいじめなのだ…わけのわからぬことを」
「い、いじめですっ、こ、こんな……」
 わたしに、甘い、苦痛を与えて。
 千鶴の暴れている心臓を彼も感じているはずなのに、何故だかそこをからかわない。
 これは、一種の拷問だろうと思う。逃げ出したい衝動と、このまま腕の中におさまっていたい願望とがせめぎあっている。せめて、鼓動が揺るやかになればもう少し落ち着けるだろうに。
 小さく何度も呼吸を繰り返し、千鶴はゆっくりと力を抜き始める。このまま委ねることには躊躇いがあるが、しかし逆らっても、きっと離してはくれない。
「………逃げ、ませんから…、もう少し、その…離してください…本当に、苦しいんです…」