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梔 子(※同人誌「春の湊」より)

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 彼女の香気を感じていたいというのは、まぎれもない彼の本心だ。五ヶ月ぶりに再会した時、彼女の放っている香気を感じて「ああこれだ」と改めて思い知らされた気がした。他の女鬼では満たせないものが、彼女の香気にはある。出会ってから長い間、女鬼として殊更意識したこともなかったが千鶴と接する間に、彼女自身を気に入り、真に伴侶として迎え入れてもよいかと考えはじめた頃から、千鶴の香気は彼にとって特別なものになってしまったのである。
 増して。
(…お前の香気がいかなるものか語っても、響きもせず、さっさと眠るとは…。鬼の倣いを知らぬとは言え……この俺を落胆させおって)
 男鬼が、女鬼に対して抱いている香気の感覚的印象を伝える時は、求愛の証なのだ。
 千鶴が鬼の倣いに疎いことは仕方が無いとはいえ、がっかりである。思わずため息を漏らすが、すぐに思い直す。
(…まあ、いい。一度同衾を許したのだから、もう次からは嫌とは言えぬ。……ああそれに、明日の朝も、楽しみなことだ)
 目覚めた千鶴は眠ってしまった自分に自己嫌悪しながら、あたふたと千景の腕から逃れようとするのだろう。そうして、千景に悪態をつくものの、顔を真っ赤にして狼狽える様がすぐにでも脳裏に浮かぶ。そんな彼女を思うと、愉しい笑みが漏れた。
(ついでに、そろそろ俺を名で呼ばせるようにするか。……呼ぶまでは、離してやらぬぞ…我が妻よ)
 彼独特の、人の悪い笑みを口元に浮かべ、瞼を閉じる。
 そして、彼女と、彼女の香気を占めるように、自らの内に深く仕舞い込んだ。





【後書きみたいなもの】
初期同人誌『蛍火』でも似た場面があるのですが、こちらは早々にふたりを同衾させたもの(苦笑)。
どうやって名前を呼ばせたかは、そちらの同人誌と同じ手法を取ったということにしてあります。