誓いは邂逅の夜に
思った以上に必死に為る三成に、自然と笑みが零れた。
「……痛痒は?」
不意に訊かれ、手は止めずに視線を向ける。
「まァ、ソコソコよな。今は四季の節目故、殊更見目が悪い」
胴を晒せば、背や脇腹は更に酷い有様だ。
黒々とささくれた肌が、三成の眼に映っている。
そう思うと、矢張り良い気はしない。
一つ小さな溜息を吐くと、不意に脇腹に触れられた。
「ッ!?……三成?」
「すまない、痛んだか?」
渇き切らぬ汚血が、指を汚す。
然し、三成は気にした様子も無く患部を見ている。
「痛みは良い。然し「良いなら文句を垂れるな」
全く変わり者も此処まで行けば大した物だ。
有無を云わさぬ三成に呆れに似た感情が湧く。
包帯を解き終えると、感嘆に近い響きの溜息が聞こえた。
「思っていたよりは状態が良い」
「主はどれ程の化物を想像して居った」
もう、出る言葉すら無い。
何とも畏怖が無いとは恐ろしい。
吉継は一糸纏わず、三成の前に座す。
「ゆるりと、然し確実に悪化しておる。痺れも又同じ。眼も悪く為る一方よ」
三成の云った[総て晒せ]と云うのは何も肌の事だけでは無い。
吉継は病状や天命を全う出来ぬ身で在る事を話した。
三成は出来うる限り無表情を湛え、黙って聴いている。
「三成よ、後悔して居らぬか?」
総てを話し終え、何気無く訊ねる。
すると、三成は包帯を拾い乍ら先程より平静な表情で吉継に向き直った。
「後悔など無い。寧ろ、知らぬ儘より余程良い」
云い乍ら、吉継の包帯を巻き直して行く。
きっと本人は気付いていないのだろう。
嘘の付けぬ三成が放つ言葉の一つ一つが、どれ程癒しに為るか。
こうして暖かみに触れれば触れる程、己を忌む眼に憎しみも生まれよう。
然し、痛みも感じず温もりも無い、幸無く苦も無き日々と
此の男の隣で、人を恨み乍ら過ごす幸薄い絶望の日常と。
2つを天秤に掛ければ、如何やら其れは三成に傾くらしい。
「三成、其れは己でやろ。放しやれ」
「断る」
即答され、触れる事を拒絶するなと云われた事を思い出す。
躊躇いも無く触れてくる三成に、忘れ去りたかった温もりを未だ、自分に向ける者が在ると知る。
――良くも悪くも、未だヒトの様よな――
胸中で呟き、又一つ三成の頭を撫でる。
今回は髪を掻き混ぜる様に、勢い良く撫で回してやった。
「っ吉継!!止めろ、包帯を巻く邪魔だ!!」
「ほう?主に触れるのは躊躇っては為らぬのでは無かったか?そう転々と云う事を変えられては困り物よ」
揚げ足を取れば、酷く真面目な表情で逡巡する。
云って仕舞った物は撤回出来ないし、かと云って此の儘では包帯を巻けない。
そんな状態で眉根を寄せる三成に、到頭吉継は吹き出した。
「な!?何故笑う!!!」
「ヒヒヒハッ!ヒッ、済まぬスマヌ。否、主は真に面白き男よな。笑い過ぎて窒息する所で在ったわ」
未だに支えた様な声で笑う吉継に、三成は恨めしそうに彼を睨む。
此れ以上笑っては気の毒だとは思う物の、一度溢れた笑声は中々止まっては呉れない。
制御の効かない感情等、未だ残っていたか、と他人事の様に無音で嘯く。
「っもう良い!好きなだけ笑え!然し包帯を巻く邪魔はするなッ!!」
「あい解った。主の御意の儘に」
云い乍ら再び手を差し出せば、頬を朱に染めた儘に包帯を巻いて行く三成。
思いの外、小器用な指先は繊細な動きで吉継に触れる。
今だけは己が腹の底に渦巻く汚泥の如き怨讐の念さえ、此の温もりに溶かされて行く様だった。
――愛でよメデヨ。此の不格好で貌の整わぬ華を――
未だに何言か憤りを吐いて居る三成に笑み掛け、吉継はゆるりと眼を閉じた。