IS バニシング・トルーパー 000-002
プロローグ
インフィニットストラトス、通称ISと呼ばれる宇宙開発用マルチフォームスーツはその優秀な戦闘性能のお陰で、その出現から軍事的意味を持つようになるまで、そう時間が掛からなかった。
現存兵器すべてを遥かに凌駕し、最高の兵器として君臨し、世界の軍事体制を一気に変えたISだが、それには大きな問題があった。
ISは、女性しか使えない。
そのため、世界中の一般社会でのバランスが一気に女性へ傾いたが、男達はそんなことを許すはずがない。この現状を変えるべく、様々な思惑が絡み合い、世界を歪めた方向へ加速する。
ハースタル機関。
ISが出現してから、無名の重機開発企業から一気に世界規模で有名になったIS技術研究機関。主にヨーロッパで活動しており、様々な国政府、企業から依頼を受け、技術を開発して提供する。多数の国に支社を設け、原則上どの国にも属さない。
しかし、ただの技術者の集まりと思われてきたハースタル機関も、その裏には人に知られざる真相があった。
暗い照明の中で、青い鎧を纏った少年は一人で静かに佇んでいた。
少し力をこめて、拳を握り締める。すると、僅かに機械の音が響いた。
今、自分が身に纏っているのは、ISという兵器。
ここは国際研究機関、ハースタル機関・ドイツ支社の室内大型実験場。
そして自分は実験者である。
「間もなくブラックホールエンジンの稼動テストが始まります。ISを起動してください」
通信システムから、オペレータの声が聞こえた。
「了解」
指示通り、自分のISをスタンバイからアクティブモードへ移行する。
「こちらクリストフ・クレマン。ヒュッケバイン、サブ動力起動開始」
ガラス窓越しに、少年を見ている人たちが居た。
白衣を着た研究者たちが硬い表情をして、期待と不安の目でクリスを見つめている。
原因は、今日の実験課題であるブラックホールエンジンにある。
ブラックホールエンジン。その名の通り、エンジンの内部にマイクロブラックホールを作り出して安定させ、そこからエネルギーを変換するという、画期的な新型動力炉。成功すれば、ISだけでなく、世界のエネルギー体系にも大きな影響を与えるだろう。
だがそれも成功すればの話。暴走すれば、どんな結果になるか、想像も付かない。
「ひゃひゃひゃ。楽しみじゃのう~」
研究者の中に、背の低い老人一人が、親からのプレゼントを開ける子供のようなキラキラした目で、笑いを溢す。
殉職覚悟でこの実験を見届けようとする他の研究者達とは大違いだ。
「Dr.トキオカ」
研究者の群れから少し後ろの方にいる、水色のスーツを着た少しウェーブのかかった長い髪の男が、老人に話しをかけた。
「なんじゃ?」
「そうはしゃがないでくれ。部下たちが益々緊張する」
「おっと、すまんのう。ほほ」
変な笑いは止まったものの、Dr.トキオカの顔は陰湿な笑顔のまま。
やれやれと、男はガラス窓のほうへ近づき、Dr.トキオカの隣に立った。
「しかし、小僧もよくあっさり引き受けてくれたものよのう」
「…クリス以外には、任せられんよ」
「いいのかい?せっかく見つけたサンプルじゃろう?」
「彼にやって貰わねば、私は前へ進めない。それだけだ」
男が感傷的な言葉を口にするが、
「くっくっくっ、ワシはワシの研究ができれば、どうでもいいんじゃよ」
まったく興味を示さないDr.トキオカは手を振って、ガラス窓の向こうに注意力を向けた。
「ヒュッケバイン、サブ動力起動を完了した。異常なし」
機体の状況をチェックして、報告する。
「了解しました。続いて、ブラックホールエンジンを起動させてください」
「了解」
クリストフ・クレマンが深呼吸して、両手の拳を握り締める。
何の恐怖は感じない。何の猶予もしない。
ずっと前から決めた、自分が進む一本道。
「ブラックホールエンジン、起動」
機械が稼動する微々な振動が、体に伝わる。
背中に冷や汗が出た気がした。
「稼動安定、出力上昇。20%、25%……」
オペレータがエンジンの状況を通信システムを介して、操縦者も含めて実験場に居る全員に聞こえていた。
「…55%、60%、65%、70%。ブラックホールエンジン、出力安定領域へ達しました」
研究者の群れから、低い歓声が上がった。
「うひひ、一発で成功するとは、ラッキーじゃのう~」
Dr.トキオカも興奮気味になってきた。
だが、スーツの男はただ無反応で、クリストフを見つめたままだ。
エンジンの出力が安定領域に入った瞬間、クリストフの肩から一気に力が抜けた。
このまま順調にいけば、あと数十秒で実験が終わる。
「これで…」
今回も、生き残れた。と、自分にしか聞こえない声で、クリストフが呟いた。
ウィ!ウィ!ウィ!・・・
「!!」
クリストフの思考を遮ったのは、実験場に響き渡るアラームの音だった。
「エンジン出力が急上昇して行きます!」
視界に映るメッセージウインドを確認する。
「制御を受け付けません!」
「ブラックホールエンジン、オーバードライブ!危険領域に入りました!」
ブラックホールエンジンが制御の限界を超えた。最悪の状況だった。
「実験を失敗と判断し、これからブラックホールエンジンを廃棄する!」
クリストフは落ち着いて手筈通りに対応を行うが、未知の技術に対して、研究者の見積もりが甘かった。
重力の玉は既にIS本体から溢れ出していて、触れたものを闇へと飲み込む。
「くっ!」
手足が握り潰されるような痛みを耐えながら、クリストフは慌てて絶対防御を張っる。
だがそれも一歩遅かった。
「ああああああああああああ!!!」
右の腕から気を失うほどの激痛がクリストフを襲う。
「手が、手が…!!」
激痛で意識が薄れていく中に記憶したのは、自分の骨が潰れた音だった。
一週後に、ハースタル機関フランス本社の会議室で今回の実験報告会が開かれた。この会議に出席したもの、いずれもIS関連企業の重役か、軍や政府の代表だった。
「これが例の実験場の現状です」
秘書の女性が淡々と説明しながら、一枚の画像を会議室の壁にあるモニターに出す。
テーブルを囲んでいる男達が画像を見て、渋い顔になった。
モニターに映っているのは、大きなクレーターだっただけで、実験場だった痕跡など一切残っていなかった。
「さて、生き返った感想をでも聞かせて貰おう。Dr.トキオカ」
出席者の一人が、皮肉な言葉を口にしながら、会議室の隅に座っている白衣の老人を睨んだ。
「感想?感想も何も、見たまんまじゃろう」
気の抜けた返事して、Dr.トキオカが椅子から身を起こす。
「今回の実験は諸君らが見た通り、失敗したのじゃよ。がっかりじゃわい」
「がっかりなのは俺だ!あんなでかい穴を開けて、どうしてくれる!」
「まったくだ。これでハースタル機関への協力関係についても色々と考え直さねばならんな」
「マスコミの対応や後片付けで、どんだけ苦労したと思っている!」
作品名:IS バニシング・トルーパー 000-002 作家名:こもも