IS バニシング・トルーパー 000-002
しかし、周囲から、非難の声が上げた。
「いやいや、ブラックホールエンジンの件、ワシは忠告したのじゃぞ?どうしてもと言ったのはお前さん達じゃろうか」
「それを成功させるのが、貴様らの仕事だろう!」
「やれやれ、ワシらを万能の青狸軍団とでも思ったのかい」
「貴様!!」
Dr.トキオカの態度に、流石に頭に来たようだ。
「諸君」
剣幕な空気を打破したのは、テーブルの一端に座っていた、水色のスーツを着た男から発した、力の篭った言葉だった。
「Mr.プリスケン…!」
イングラム・プリスケン。僅か数年でハースタル機関を国際規模の研究機関に仕立て上げたのは、天才的な頭脳の持ち主である彼の入社によるところが大きいだと噂されている。
実際、その若い歳にして、彼は既に最高責任者の座を手に入れっている。
「今回の実験は、確かに残念な結果となりました。諸君らがこれまでの協力は感謝しているが、これはあくまで我がハースタル機関が主導しているプロジェクトだということを、思い出していただきたい」
「しかし君は…!」
「勿論、このプロジェクトがここまで来たのは、諸君らの力によるところが大きいことは、私も承知しています。諸君らへの見返りも奮発させて頂きます」
ここで一旦言葉が途絶え、周りの反応を窺う。
案の定、損得のためにここへ来た皆は、見返りの詳しい話を待っている。
「…今回の実験に使った我々が全力で開発した技術実験IS、「ヒュッケバイン」の技術データを、諸君らに提供しよう」
「……」
唾を飲む音が聞こえた。
「無論、ブラックホールエンジンのデータは割愛させていただきますが、ヒュッケバインに使われている他の技術も諸君らにとって十分に使えるものかと」
現存ものの性能を遥かに凌駕するセンサー類。
エネルギー兵器の威力を大幅に低減させる塗料。
ブラックホールエンジンは失敗したものの、出席者たちに渡されたカタログに書かれているヒュッケバインの技術要点を見た限り、どれも魅力的なものばっかりだった。多少のサポートしただけで、これほどのものを手に入れるのは、実に美味しい話。
しばらくの沈黙。
「……あんな穴を埋めるのは今回限りにしてもらいたい」
「まったくだ。次にこんなことがあれば、さすがに面倒を見切れない」
「やれやれ、今夜も徹夜か…」
先ほどの態度が大違いだった出席者達を見て、イングラムの口調幾分か和らげた。
「そう言えば、諸君」
「な、何かね」
「何だ」
出席者達が脳内の損得勘定から戻って、慌てて返事を返す。
「ご相談があります」
「相談…か」
「…伺おう」
まさか何か条件が出てくるじゃないだろうな、と出席者が少々不安な声でイングラムの言葉を待つ。
「うちのヒュッケバイン量産試作仕様、ヒュッケバインMK-IIのテストを頼みたいのですが、誰かが引き受けてくれると助かります」
「MK-II?」
「ああ。MK-IIと言っても、MK-Iとほぼ同期で開発したものだ。量産前提のモデルで、使った技術は全て完成したもの。MK-Iのような不安定要素はない。勿論、テストで得たデータはそちらが使っても構いませんし、データ収集後、MK-II本体は謝礼として、そちらがもらってくれてもいい」
「…それはありがたい話だ。しかしなぜ?」
「うちはご存知のとおり、テストパイロットが暫くの間は動けませんし、今回の件で優秀なスタッフもかなり失いましたが、プロジェクト自体が立ち止まるわけにはいけません。ヒュッケバインのコアを初期化して組み立て直したものを加え、全部で二機がありますが、どうでしょ?」
「それは…」
出席者達が言葉を濁す。
現在、世界上に存在するISのコアは467個しかない。そのいずれも厳重の管理下の置かれ、個人の意思では簡単に決められない。
軽々しく承諾しては、思わぬ事態が生じてしまうかも知れない。
「…そういうことなら、その役目、私に任せていただこう」
声を上げたのは、会議の最初からずっと黙っていたドイツ軍方代表、ドイツの軍事名門ブランシュタイン家の長男、エルザム・V・ブランシュタイン少佐だった。
「残りの一機は、我が社がもらおうか」
続いて手を挙げたのは、フランスIS生産企業デュノア社の社長だった。
ドイツ軍に絶大な発言権を持つブランシュタイン家と、世界範囲でも有名なIS生産企業デュノア社。どっちも申し分のない相手だった。
「なお、引き受けた場合、代わりのISコアを頂きたい」
「…わかった。手配しておこう」
「帰ったら話をつけておこう」
「ありがとうございます」
世界有名なハースタル機関といえと、ISのコアも二個しか所有していない。二個共を外部に渡すなら、研究が続けなくなるので、代用品を要求するのも当たり前。
「話は纏まったな。今日の会議はここまでにしよう」
「では、私はこれで」
「失礼する」
「では」
出席者は次々と退室していく。やがて部屋にはイングラムとDr.トキオカだけが残った。
「ところで、Dr.トキオカ」
「なんじゃ?」
「クリスはどうなっている?」
「あの小僧なら、まだベッドに寝ておるわい」
「そうか。後で何かお見舞いの品を届けよう」
「そうかい」
「偽善だと思うか」
「いやいや。うまい食い物でも送れてやれば、小僧も喜ぶじゃろうよ」
「…今回の件で少しは時間を稼げたが、それでも楽観できる状況ではない。」
「わかっておる」
「コアが届いたら、すぐにMK-IIIの方を始めてくれ。例の新エンジンを使う」
「おお、そのセリフ、待っておったわい!」
まるでおやつを出された子供のように、Dr.トキオカがはしゃぐ。それを見て、イングラムの口元に僅かな笑みが浮かべた。
「急いでくれ」
「おおお、言わずとも急ぐわい!」
Dr.トキオカが踊っているように、部屋から出て行った。あの様子だと、今からにても仕事に取り掛かるだろう。
「さて、これで来るべき来訪者達は、うまく騙されてくれればいいがな」
自分しかない部屋で、イングラムが小さな声で呟いた。
-二年後-
ハースタル機関本社研究所 地下1F
暗い室内に光るのは、無数のデータが表示されているモニター。
数人の男が無言に部屋の中で移動し、機械の前で操作し、また移動し、そしてそれを繰り返す。
そんな部屋の真ん中には、一つ大きな水槽が置いてあった。
水槽の中には、少年一人が入っていた。
服など一切着ていなく、目も閉じているが、水槽の側にある機械に示す数字が、少年の意識がはっきりしていることを示している。
綺麗な銀髪は少年の腰ほどの伸びていて、水槽の中で広がっている。淡い緑の液体と少年の美貌とに相俟って、ファンタシズムな光景を見せている。
突然、部屋のドアが開き、白衣を着た矮小な老人、Dr.トキオカが入ってきた。
部屋の中にいる男達は手に取っている作業を止め、Dr.トキオカへ挨拶する。
Dr.トキオカは男達に目もくれずに、水槽の前まで歩き、水槽の中にいる少年に声をかけた。
「気分はどうじゃ、クリス」
作品名:IS バニシング・トルーパー 000-002 作家名:こもも