IS バニシング・トルーパー 006-007
stage-6 千客万来の夜
「……操縦者である織斑一夏は、重度のシスコン野郎である、とっ」
クラス代表選出戦が終わった数時間後、クリスが自分の部屋でノートパソコンのキーボードを叩いていた。
今日の連戦のせいで、エクスバインには大量のデータが溜まっていた。今のクリスはそれらを整理して、報告書を作る作業を行っているが、負けたことを余程根に持っているか、文章のあちこちにかなり主観的な意見を入れていた。
晩飯の後にセシリアの散歩の誘いを断って部屋に戻ってから、その作業は既に二時間ほど続いていた。外はすっかり暗くなり、PCのデスクトップにある時計は午後七時を示していた。
その時に、部屋のドアをノックする音がした。
「開いてるぞ」
視線をPCに向けたまま、ドアの向こうも聞こえるようにクリスは大声で言った。
動かないのは、相手の見当が大体付いているからだった。
「よっ」
ドアが開いて、そこに立っていたのは今日の勝者、織斑一夏だった。
「シャワーか?」
一夏が手に持っている洗面器を見て、クリスはすぐ彼の意図を理解した。
「ああ、悪いな」
「べつにいいよ。そう言えば、晩飯はもう食べたのか?」
パソコンに向き直して、クリスはキーボードを叩きながら言った。
「あっ、もう食べたけど、どうして?」
「じゃシャワー浴びたら少し時間をくれ。頼みがある」
「わかったよ」
クリスに返事をして、一夏はシャワー室に入って行った。すぐに、水音が聞こえてきたが、クリスは気にすることなく、キーボード叩きに専念した。
-十分後-
「……あれ?」
再びドアのノック音が響いた。
「はいはい」
椅子から腰を上げて、クリスは部屋のドアを開けた。
ドアの外に居たのは、クラスメイトの布仏本音だった。
電気ネズミみたいなパシャマを着た彼女は、その小柄な体とのほほんな雰囲気と相俟って、クラスの可愛いマスコットとして扱われてる。
「こんばんわ~ 負け犬のくりんを慰めに来たよ~」
「ちっ、笑いたければ笑えよ。どうせ俺なんか……」
「あはは、くりんがやさぐれてる~」
「笑ってんじゃねえ!」
コントみたいな会話をしながら、クリスは本音を部屋に入れた。
「おや~シャワー室に誰がいる?まさか……」
入室した途端に水音を気付いた本音は、うふふと顔に変な笑みを浮ばせて、クリスの側に寄ってきた。
「せっしーを連れ込んだの?」
「残念だが、そこには野郎しかいないぞ」
本音のからかいにクリスは適当にあしらって、PCの前に戻った。
「あれれ~くりんって、まさかそっちの人?」
「いや、普通に女が好きだぞ。本音がもう少し色気があったら、今頃俺に喰われてるかもな」
「あはは、それは残念だね」
呑気に笑いながら、本音は目当ての、壁側に置いてあったダンボールの山に近づいた。
蓋を開ければ、中にあるのはクリスのお菓子ストックだった。
「本音」
不意に、キーボードを叩いてるクリスが本音の名を呼んだ。
「なに~?」
ぶすっとお菓子の包装を破りながら、本音が返事をした。
「ありがとうな」
「何のこと~?」
「俺の義手のこと、お前がクラスの女子達に根回ししただろう?」
入学して一周間、周囲の女子はクリスの右手について何も聞いてこない。最初は遠慮してるんじゃないかと思って、軽口で自分からこの話題を振ってみたが、意外と皆は普通に対応してた。
「いやいや~しょっちゅうお菓子を食べに来るし、それくらいはね~」
「……確かに、入学一週間のデータから見れば、夜にお前がお菓子を食べに来る確率はおよそ71.4%だな」
「えへへ~」
「やれやれ、太っても脂肪分解剤を分けてやらないぞ」
「ケチ~」
頬を膨らんでる本音を見て、可愛い奴めと、クリスが思わず微笑んだ。
「あれ、誰か来たのか?」
濡れている髪を拭きながら、ラフな格好に着替えた一夏がシャワー室から出てきた。
「ああ、おりむーだ!」
一夏を見て、本音が手を振って挨拶をした。
「本音か……本当によく来るな」
「えへへ~」
お菓子を頬張ってる本音を見て、一夏が呆れた顔になった。
「一夏」
机の上に置いてあったミニ冷蔵庫から、クリスはジュースを取り出して一夏に投げた。
「おっ、サンキュな」
片手でジュースをキャッチした一夏はベッドに腰をかけて、ジュースの蓋を開けた。
「で、頼みって何だ?」
「ああ、これを見てくれ」
クリスは一夏がシャワーを浴びている時、プリントアウトした紙を束を一夏に渡した。
「なにこれ?」
紙束を受け取って、一夏はクリスに聞いた。
「今日戦闘データを纏まって作った白式評価報告書。俺の主観意見で書いたが、操縦者のお前はそれを見て、感想を教えてくれ」
「いいのか? 機密しゃないの?」
「まあ、白式の部分だけだからな。問題ないだろう」
「わかったよ」
シュースを飲みながら、一夏が紙束をめぐり始めて、隣のベッドでお菓子を食べてる本音も、一夏に近づいてその紙束を覗き込んだ。
「……なあ、クリス」
「うん?」
「おまえ、俺に負けたことを根に持ってる?」
「いや、別に」
「なら、なぜ俺への評価は悪口しか書いてないんだ?」
「……重度シスコン、イノシシのような動きしか出来ない、挑発に乗せられやすい、その他諸々……」
隣で覗いている本音が書いた内容を読み上げた。
「全部事実だろう?」
「お前絶対根に持っているだろう!」
「この冷静の俺を公私混同するような人間だと思ってもらっては心外だな」
「さっさと修正しろ! イノシシじゃないし、挑発に乗った覚えはない!」
「つまりシスコンを修正する必要はない、と」
「うっせえ! 黙って修正しろ!」
漫才みたいな会話を交わしながら、二人はじゃれ合い始めた。そしてそんな男子二人を見た本音は、大笑しながらお菓子を口に運んだ。
「これで送信、と。……やっと終わったよ。とりあえずサンキューな」
送信ボタンを押し、報告書の送信終了を確認したクリスは、疲れた顔して後ろにいる二人に言った。
「んじゃ、俺もそろそれ帰るよ。今日は試合で疲れたし、さっさと寝るとするか」
「なら私も~」
一夏と本音が同時にベッド立ち上がって、帰る準備を始めた。
「ああ、もう九時か」
時間を確認して、クリスは二人をドアまで送る。
「じゃな、また明日」
「くりんまた明日~」
「ああ、お休み、二人とも」
別れの挨拶をして、一夏と本音は帰って行った。
「ふう……まだ眠くないし……飲食掲示板でも覗いて見るか」
再びパソコンの前に戻って椅子に腰をかけたクリスだが、マウスを握った途端に、ドアを叩く音がまだ響いた。
「はいはい、誰ですか?」
仕方なく立ち上げてドアまで歩く。
「私だ」
「えっ……」
ドアの開けると、そこに立っているのは意外な人物、担任先生の千冬だった。
「夜遅くてすまん。部屋の給湯器が故障したようで、水しか出ない。少しシャワー室を借りていいか?」
既にジャージ姿に着替えた千冬の手には、洗面器を持っていた。
「ああ、どうぞ。好きに使ってください」
作品名:IS バニシング・トルーパー 006-007 作家名:こもも