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IS  バニシング・トルーパー 011-012

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stage-11 蠢く悪意



ニューヨークの夜は、昼の時と然程変わらない明るさがある。
 世界一の夜景と言われるこの都市の夜景は、人造の光で星々からの光すら遮ってしまうほど輝いている。
 「ふっ……確かに綺麗だが、毎日だと流石に飽きたぜ」
 都市の中心部にある高層ホテルの一室のベランダから、バスローブを纏った男が夜景を見下ろして、退屈な表情をしていた。
 短く刈った金髪、狡猾さと凶暴さを併せ持つ野獣のような赤い瞳、そして何より特徴的なのは、この男の左頬にある、爪で切裂かれたような三つの赤い傷跡だった。 

 「おやおや、おもてなしには全力を注いだつもりですが、気に召しませんでしたか?メキボス様」
 部屋の中から緑のスーツを着ているもう一人の黒い皮膚の男が両手にワイングラスを持ってベランダに出て、メキボスと呼ばれる金髪男の隣に立った。
 「別にニブハルが用意した寝食に文句をつけてるわけじゃねぇ。ただこの星に来てもう数週間、やることがなくて退屈なだけだ」
 スーツ男からワイングラスを受け取り、メキボスはワインを一口含む。
 そんな退屈そうにしているメキボスを見て、ニブハルの顔に不敵な笑みが浮び上った。
 「そうですか。では朗報です」

 「朗報?」
 「はい。例の組織から、返事を頂きましたよ」
 「やっと返事が来たか。んで? 」
 「話が本当なら、協力は惜しまないとの事です。ただ事が事だけに、向こうも完全に信用したわけではない様子で……」
 「回りくどいぞ。コアが欲しいってことか?」
 「……流石です。向こうからは証拠として、コアの提供を要求しています」
 「そいつは困ったな。こっちは枢密院の目を誤魔化してこっそり来てんだ、コアは二つしか持って来てないぞ」
 「私もそう言ったのですが、向こうは譲歩してくれませんでしたよ。何せコアは貴重ですからね」
 両手を上げて、ニブハルは申し訳なさそうな顔して頭を軽く振って、
 「……さらに性別制限なしとあっては、尚の事です」
 まるで相手の思考に探りを入れるように、メキボスの目を真っ直ぐ見据えた。

 「……いいぜ、一個だけ渡しておく。が、これはあくまで貸出で、プレゼントするつもりはないと伝えておけ」
 ニブハルの視線を正面から見据え返して、メキボスは口元に狡猾な笑みを浮かばせてそう言った。
 「有難う御座います」
 「ふんっ」
 薄い笑みを崩さずに、ニブハルが礼を言った。相手の淡泊な反応が気に入らないのか、メキボスは軽く鼻を鳴らして背をベランダの手摺に預けた。

 「しかしわからんな。なぜこの星では女しか運用しないのか」
 「それは……開発者の篠ノ之博士に聞くしかありませんね。もっとも、特例が有りますが」
 「ああ、そうだ。そういえば頼んだ調査の結果はどうした」
 「……両方とも調査してみましたよ。片方はただの一般人で、概ね白と言えますが、例の篠ノ之博士と繋がりがあったようです」
 「それで贔屓でもしてもらったのか?」
 「そこまでは分かりませんよ、専門学者の領域ですからね。しかしもう片方は限りなく黒に近いグレーですね。経歴も出身も全部精妙に偽造されたもので、名前も本名かどうかすら怪しい。そして何より彼の背後にいるのは、あの男です」
 「報告にあったイングラム・プリスケンって男か」
 「はい、相当の切れ者です。今にして思えば、あのブラックホールエンジン起動実験の事故も、実は彼がわざと仕込んだことではないかと」
 「なるほど」
 会話がここまで進むと、二人は暫く沈黙した。メキボスは何かを打算しているようで自分のワインを揺らしながら凝視し、ニブハルはそんな彼を目を細めて見詰ていた。
 「よっし」
 自分の中で何かを決めたのか、メキボスは残りのワインを一気に喉へ流し込んだ。
 「……?」
 「しばらくの間、日本に行ってみる。飛行機チケットを手配してくれ」
 「いや、お待ちください。そんな勝手な……」
 「約束通り、コア一個も残しておく。大丈夫、迷惑はかけねぇよ」

 「……仕方ありませんね。分りました、チケットと向こうの宿を手配しておきますよ」
 僅かに考えた後、ニブハルは肩を竦めて承諾した。
 「サンキュー。頼りにしてるぜ」
 ニブハルの肩を叩いて、メキボスは部屋の中へ入って行った。
 「……やれやれ、せいぜい噛ませ犬にならぬよう、頑張ってくれたまえ」
 部屋の中に入ったメキボスの背中を見て、陰険な笑みしてニブハルは自分にしか聞こえない声で呟いた。


 話をIS学園に戻す。
 鈴の転入から数週間の時間が過ぎ、結局一夏は鈴と仲直りできずに居た。しかもその間にまた何が揉めた様で、二人の関係をさらに悪化させていた。
 因みに一夏から二人が最初に喧嘩した理由を聞いたクリスは彼にこう言った。
「中学の男子なら多少疎いのも仕方ないだろう。しかし高校生になっても分からん様じゃ、同情する余地もないな」
 当然、この言葉を聞いた一夏は訳が分からん顔をしていた。

 しかし喧嘩は喧嘩、訓練は訓練。鈴に同情しながらも、一夏の訓練を続行しなければならない。充実した毎日の時間がすぐに流れて行き、あっという間にクラス対抗戦の時期、五月の中旬になった。

 この日、一年の生徒たちはこれから始まろうとしている試合を観戦するために、アリーナの観客席に集まっていた。
 「やれやれ……第一回戦から一夏と凰か、ついてないな」
 ポテチの包装を破りながら、クリスはそう呟いた。
 クラス対抗戦の第一試合の選手は、今アリーナの中に対峙している喧嘩絶賛中の一組代表・一夏と二組代表・鈴だった。
 一夏と鈴、どっちが優勝してもフリーパスの使用権が手に入るなら、二人が決勝戦まで会わないのが一番理想的だったが、まさか第一回戦でどちらが脱落してしまう事態になるのは予想外でした。
 「あの、クリスさん? 何が言いましたの?」
 周囲のクラスメイト達が騒いでいるせいで、クリスの隣に座っているセシリアも彼の呟きをよく聞き取れなかった。
 「いや、何でもない」
 軽く頭を振って、クリスは一枚のポテチを口の中に運んだ後、誤魔化すようにもう一枚のポテチを摘んでセシリアの口元へ運んだ。
 「ポテチ食べるか?」
 「えっ! いや、そんないきなり、わ、私にもこころの準備が……」
 クリスが差し出したポテチを見て、セシリアは頬を赤らめて両手をパタパタさせて明らか動揺した。
 「あれ、ポテチ嫌いだった?」
 「そっ、そんなことありませんわよ全然! ゴホン」
 右拳を口元に当てて軽く咳して自分を落ち着かせた後、セシリアは横側の髪を指で耳にかけて、その薄くて小さな唇を控えめに開けて、クリスが差し出したポテチへ近づく。
 「で、では、失礼して」
 さすが淑女と言うべきか、ポテチを食べる時も上品な仕草を心がけている様で、一口でセシリアは一枚のポテチの半分を口に収めて、手で口元を隠して咀嚼する。
 「……少々塩分が高い感じがしますわね」
 「まっ、そういう食べ物だからな」 
 セシリアが食べ残した半枚のポテチを自分の口に投げ込んで、クリスはそう返事した。
 「あっ」
 自分の食べかけを食べたクリスを見て、セシリアが小さな声を上げた。
 「うん? どうした」