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IS  バニシングトルーパー 020

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stage-20 お前の自由は、俺が取り戻してやる




 「えっと……アイス食べないか?」
 メールにチェックしてノートパソコンを閉じた後、クリスは冷蔵庫からアイス二つを出して、シャルルへ差し出した。最近は暑くなってきたので、クリスはアイスクリームを大量に仕入れた。
 「バニラ味とイチゴ味、どれがいい?」

 「あっ、じゃ……イ、イチゴで」
 おどおどしながら少し迷った後、シャルルはピンク色のパッケージの方を受け取った。食べ物にこだわりを持つクリスが仕入れた赤くて甘いアイスクリームを一口含んで、落ち着かないシャルルの表情も僅か穏やかになったように見えた。
 
 お風呂上がってから、シャルルはずっとベッドの上に腰をかけてタオルを握り締めて、無言にギョロギョロして落ち着かない様子だった。だがそのジャージの上から一目でも分かるほど、今のシャルルの胸は明らかに膨らんでいる。恐らく、今まで胸の曲線を隠すための道具を外したのだろう。
 シャワー室で遭遇した裸の美少女は、間違いなくルームメイトのシャルル・デュノアだった。要は男装して性別を偽っていた。

 「……」
 「……」
 二人は黙ってアイスを口に運ぶ。
 タイミングいいのか悪いのか、丁度先ほど届いた本社からの連絡メールは、シャルルの実家であるデュノア社に関する情報が書かれていた。これでシャルルが男装した理由も一応察しがついた。 
 だが、クリスはシャルルから話すのを待っていた。

 「シャルルって、イチゴ味が好きなのか?」
 「えっ、あぁ……うん」
 あやふやな返事をして、シャルルは再び黙り込む。しかし小さなアイス一つ、直ぐに食べ終わる。二つのカップをゴミ箱に捨てて、室内が再び静けさの中に戻った。さすがにこのままだと埒があがらないので、クリスはまず他愛の話題から切り出すことにした。

 「まっ、女の子だしな。イチゴ味嫌いの女の子がそうそういないって、先輩が」
 「……っ」
 女の子って単語に反応して、一瞬ぴくっとしたシャルルは唇を動いて、何かを言い出そうとしたが、結局何も言い出せることなく、再び顔をうつぶせた。
 話す意志はあると見られた。あと一押しってところだとクリスが判断して、話を続けた。

 「今度イチゴ味のを多めに仕入れておくから、食べたい時は遠慮なく食べていいよ。そう言えば、抹茶味のも何個か買った気が……」
 「……なん、で」
 一人で話題を広げようとするクリスの言葉は、小さくてもはっきりしたシャルルの声によって遮られた。

 「なんでって、お前が好きだって言ってたから」
 「アイスの話じゃない! なんで僕が男装してた理由を聞かないの?」
 「じゃ、聞いたら教えてくれるのか?」
 「それは……」
 「俺としては、このまま持久戦、というのが避けたい。説明してくれならそれに越したことはない。可能の範囲内で相談に乗ろう。友達だしな」
 「まだ僕のこと、友達って言ってくれるの?」
 顔を上げたシャルルは、いかにも意外そうな顔をしていた。しかしクリスの方はやや困ったような顔して苦笑した。
 「勝手にやめられてもな……」

 「……分かった。クリスには話すよ、全部」
 決意したような目で、少女シャルルは静かに語り出す。彼女の真剣な眼差しに、クリスも真面目な態度を取り、正面から彼女と向き合う。

 シャルルが話した内容は概ね情報通り。シャルルはデュノア社社長と愛人の間に生まれた子供で、母親が死んだ後父に引き取られ、高いIS適応性を持つことが分かった途端にIS開発の道具として使われてきた。男性としてIS学園へ転入したのも、世間へのアピールと、同じ男性IS操縦者である一夏やクリスとそのISのデータを盗むためだった。
 
 「まっ、デュノア社の技術チームはいまいち冴えてないからな。せっかくヒュッケバインMK-IIをくれてやったのに、グラビコンシステムには完全にお手上げだったと聞いている」
 「うん……第三世代ISの開発は完全に遅れてる。それにフランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッションプラン』から除名されちゃってるから、このままだとISの開発ライセンスが……」
 「だから、娘に男装して技術を盗んでこいって命じた、と。馬鹿だろう、お前の親父は」

 能天気な一夏辺りならまだ騙せるかもしれんが、事態全体が不自然すぎる。前々から男の操縦者を抱えているなら、今のタイミングで出すのは馬鹿のすること。ハースタル機関が動かなくても、別のところにばれるのも時間の問題。そうなればISを開発するところか、会社自体の存在が危うくなる。
 それとも、こんな下手な嘘をつかなければならんほど、状況が切迫しているのだろうか。

 「ごめんね……」
 シャルルの目尻に、雫が浮かび上がった。
 いくら強要されたとは言え、自分の行為は友人に対する裏切りだと、シャルルはちゃんと自覚している。
 父に引き取られた以来、ずっと影で生きてきた自分が人の温かさを忘れかけていた。IS装着して仕事して、終わったら体を機械と繋いで検査を受けて、スタッフの質問を答えた後与えられた一人部屋のパイプベッドで寝るだけの生活を繰り返していただけ。
 IS学園に転入しろと言われた時は嬉しかった。これでようやくこの冷たい牢獄から出られると思った。そして学園に来てからすぐに友達が出来て、涙が出そうになった。
 クリス、一夏、隆聖、セシリア、鈴、箒。皆は親切にしてくれていた(最後の二名は勝手に修羅場をやってただけな気もするが)。
 でもシャルルは自分の手でそれを壊そうとした。自分がずっと欲しかった人の優しく温かい気持ちを、自らから振り落とそうとした。
 そんな自分を情けなく思ったと同時に、切ない気持ちが胸の奥底から一気湧き上がり、涙が自然と頬を伝わった。
 
 「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」 
 切なげな声で、シャルルは何度も何度も謝りの言葉を繰り返し許しを請う。泣き崩れた顔を、両手に握っているタオルで隠しながら。

 「泣くな泣くな。女の涙に弱いんだよ、俺は」
 鼻をすする声を漏らしているシャルルを見て、クリスは片膝を彼女のベッドにつき、そっと優しく包むように抱きしめて、宥めるようにゆっくりと左手で頭から背中まで撫でる。

 「俺は別に怒ってないし、お前のことを責めるつもりもない」
 しばらく宥めると、シャルルの泣き声が段々と止んできた。彼女が落ち着いた後、クリスは話を再開した。

 「……本当?」
 顔を上げて、不安そうな目でシャルルはクリスを見上げる。自分の行為がそんなあっさり許されるとは思わなかった。

 「ああ。要はお前の父が悪人なだけって話だ。その内フルインパクトキャノンをお見舞いしてやるから安心しろ」
 シャルルと同じ、クリスも若い頃からISの操縦者になった。だが決定的に違うのは、今までの行動は誰かに強要されることなく、クリス自分が決めたことだった。
 ヴィレッタの役に立てたかった。イングラムに認めて欲しかった。自分の存在意義を証明したかったし、優しい周囲に優しくしたかった。全ては自分の意志だった。だからこそ迷わずに居られた。
 だが、腕の中で肩が小刻みに震えている少女の意志はいままでずっと殺されてきた。それはあまりにも悲しすぎる。