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IS  バニシングトルーパー 021

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stage-21 亡霊、再び戦場に立つ



「先日にお送りした資料に、目を通して頂けたでしょうか」
 ハースタル機関本社ビルの社長室で、イングラムは、モニターに向かって何者とテレビ電話していた。
 最近はデュノア社買収の件で、ヴィレッタは部下達を連れてあちこち飛び回っているが、イングラムは書類にサインする以外のことを何もしてない。ヴィレッタに対する絶大の信頼もあるが、何より自分の手でやらねばならないもっと大事な仕事があるから。

 「ああ、君が寄越した計画書、読ませてもらったよ。中々に素敵な計画じゃないか」
 「お褒めに預かり、光栄です……ブライアン事務総長」
 モニターの中に映っているのは、スーツを着た中年男一人だった。手元の資料を捲って、目をキラキラさせている。

 ブライアン・ミッドクリッド、国連の現任事務総長に当たる人物である。ISの出現により実権を失いつつ国連で、半分押し付けられたという形で事務総長となった男ではあるが、イングラムはこの男を高く評価し、密かに接触した。

 「……男性IS操縦者をメインに編成した国連直属部隊、か。実に素晴らしいじゃないか。しかし……なぜ私を選んだのかね? 実権もない国連の、所詮傀儡でしかない私を」
 事務総長とは言え、ブライアンの政治基盤は脆い。実質上、彼は安全保障委員会委員長であるグライエン・グラスマンの操り人形であることは、周知の事実である。

 「ブライアン事務総長の人徳に賭けたまでです。この精鋭部隊のメンバーの実力は保証しますが、いずれも盲目に不条理な命令を聞くだけの人物ではありません。そんな部隊を従わせるには、器の大きい人物でなければなりません」
 IS委員会の人間など論外。十年前ISの技術をインスペクターともに渡した国連の連中はとっくにそっちに移ったはず。信頼できない。

 「ほう……ずいぶんと買ってくれるな。プレジャーを感じるね」
 「ご冗談を」
 イングラムの言葉の意味はつまり、この部隊のメンバーがブライアンを認めなければ、裏切る可能性だって十分にあるということ。しかしブライアンは口ではああ返事したが、顔ではまったく動じない。
 ただの能天気か、認めて貰う自信があるのか、もしくは……牙が欲しくて仕方がないのか。

 「名目上では男性IS操縦者の運用ノウハウを得るための実験部隊、実質上では亡国機業の殲滅およびIS関連のトラブルの処理を目的とする、我々国連直属の、国の枠を超えた特殊部隊……か。まったく、手の震えが止まらないね。しかしこれでは、IS委員会の連中が黙ってはくれないだろう」
 「ご安心を。連中を黙らせる切り札は、こちらがご用意致します」
 イングラムの顔に、黒い笑みが浮かんだ。ハースタル機関の三分の二の予算を注ぎ込んだ化け物の完成が、近い。

 「いやはや、何から何まですまないね。ここ数年間会費泥棒と言われている我々も、これでようやく参加国の皆さんにすこしサービスができるというもの。それにしても凄いメンバーリストじゃないか。ドイツ人にアメリカ人、日本人まで。あのマイヤー総司令まで説得したのか。まったく恐ろしい男だよ、君は」
 「苦労して厳選した人物たちと、我々が提供した最新型の機体です。納得の行く戦果を上げられるはず。注目を浴びれば、各国の大手企業もアプローチをかけて来るでしょう」
 所詮国は経済に動かされるもの。金持ち達がよっしゃ! 儲かろうぜ!っと言ったら、政治家たちの横槍はかなり減ってしまう。

 「あはは、それは楽しみだ」
 「さらに、IS学園にも我々の手の者がいます。あの特殊例である織斑一夏も取り込めば、実質上男性IS操縦者を壟断できます。それだけで支持に回してくれる人間が増えますでしょう」
 「……何だか、君のこと怖くなってきたね。子供達の感情まで計算に入れるのかい?」
 「勘違いしないで頂きたい。我々はIS操縦者として最高の就職環境を提示したまでです。結果として互いに利益があれば、遠慮する理由がありません。最終的に選択するのは、本人の意志ですから」

 「そうか……まぁ、まだまだ遠い話だしな。今はまず目の前の問題を片付けましょう。そうだ、せっかくだし、この部隊に威勢のいい名前を付けよう」
 「ブライアン事務総長の部隊です。名前はお任せします」

 「そうかい? なら……」
 ブライアンはとても愉快そうな顔をして、手元の資料を一枚一枚に机に並んで見回す。
 写真付きの個人資料は、全部六枚あった。

 「……『特殊戦技教導隊』というのは、どうだい?」



 時間を少し飛ばして、アメリカ時間午後二時。
 ヒューストン基地研究所のスタッフ達は、今日はとても忙しい。

 プロジェクトTDの一環、コードネーム「αプロト」と呼ばれるISの飛行テスト、そしてマリオン博士に押し付けられた「ゲシュペンストMK-II改」の基本テストが、間もなく始まる、
 ドローンの設置、観測カメラの調整、周囲環境の確認、関連部署との連絡やその他諸々。やることがいっぱいある。
 相対的に、テストパイロットの仕事は簡単である。整備員と相談して機体をセッティングして、自分のコンディションを整えてテスト本番を待つ。
 とは言え、リスクの高い仕事だ。マシンとして完成してないからこそ、テストが必要。ゲシュペンストMK-II改のような技術面で不完全な点を持たない機体は大丈夫だろうけど、ヒュッケバインのブラックホールエンジンのようなケースもある。
 そして、プロジェクトTDの機体はコンセプト上からして、最高のスピードを出すのが目的。いままで辿り着いたことのないスピードを出すために必要の機体強度は計算で出すしかないが、もしそこに現実との差異が存在して、それで空中分解なんてことになったらシャレにならない。
 そういう意味では、テストパイロットと技術者との信頼関係は重要である。
 プロジェクトTDは他所のテストパイロットを採用した訳ではなく、能力テストによってプロジェクト専属のテストパイロットを選定した。最初は大勢に居たものの、プロジェクトの難航に連れて、今では残りがふたりだけという状況になった。
 
 スレイ・プレスティ。能力テストで最上位の成績を残した首席であり、プロジェクトTDの責任者、フィリオ・プレスティの実妹である。
 アイビス・ダグラス。能力テストでは四位の成績の残したが、難航中のプロジェクトTDの成功を信じて、未だに諦めようとしない。

 今の二人は、格納庫の奥にあるIS収納専用のコンテナを見上げている。αプロトと呼ばれる機体は、そのコンテナの中にある。
 プロジェクトTDに配分されているコアは今、一個しかない。「βプロト」に当たる機体のデータ採取が終わった今、コアは初期化されて再び「αプロト」として組み立てられたが、実機を見るのは二人にとって今日が初めてとなる。

 「αプロト、か。ようやくだな、スレイ」
 コンテナの壁に手をつけて、オレンジ色ショットヘアの女性が感懐深そうに呟いた。しかし、隣に立つ青色ロングヘアの女性は鼻を鳴らして彼女を見下す。
 「ふん、それでもアイビス、お前の見学立場は変わらないだろうさ」