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IS  バニシングトルーパー 021

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 コアが一個に制限されたなら、当然二人分の機体は用意できない。そして言うまでも無く、首席のスレイがβプロトのパイロットとして保留され、アイビスが使っていたコアが政府に回収された。
 スレイがβプロトで青空で飛び回している時、アイビスはいつも格納庫で待機して、空にいるスレイを羨ましい視線で見上げていた。

 「コンテナの中にあるαプロトも当然、私のパーソナルカラーである緋色に染まっているさ。お前もそろそろ諦めて別の就職口を捜せ。それとも見学だけで満足しているのか?」
 「……諦めないよ。プロジェクトTDが成功する日まで」
 「ちぇ、プライドの無い奴め」
 「プライドより、大事なものがあるから」
 スレイのキツイ態度に対して、アイビスはあくまで忍耐的な態度を示しながらも、引けない一線を守る。
 自分より能力が低いのに、兄のフィリオに一目置かれている。そんなアイビスを、スレイはずっと気に入らなかった。
 要は救いようの無いブラコンの嫉妬だった。

 「勘弁してよ……何この空気……」
 少し離れた所で、スレイとアイビスのやり取りを見ているもう一人の少女が居た。
 淡い水色の髪をしている彼女の名は、アクア・ケントルム。今の彼女は蒼き亡霊、ゲシュペンストMK-II改のハンガーの前に立っている。

 アメリカの大企業ケントルム財閥総裁の一人娘である彼女は他人に家柄ではなく、自分の実力を見てもらうために軍に入った。ここに来てから何回も鶫に新型のテストを志願した結果、ようやくゲシュペンストMK-II改のテストという仕事が与えられた。
 せっかくのチャンス、気合を入れて早めに格納庫に来て準備を始めたのに、結局はスレイたちから漂ってくる空気のせいでいまひとつ落ち着けない。

 「あはは……ごめんね、ケントルム少尉。うちの見苦しい所をお見せして」
 突然に背後から話しかけられて振り返ってみると、いつの間にか後ろに若い男と、高倉つぐみの二人が立っていた。
 「あっ、こ、こんにちわ。フィリオ少佐、高倉チーフ」
 慌てて頭を下げて挨拶する。
 目の前にいるこの物腰が柔らかそうで、メガネをかけている若い男がプロジェクトTDの責任者、フィリオ・プレスティだった。

 「こんにちわ。うちのテストパイロット達が迷惑かけたね、代わりに僕が謝るよ。本当にすまない」
 「いえいえ、気にしないで下さい!」
 本当に申し訳なさそうな表情で、フィリオはアクアに頭を下げた。しかし少佐ともあろう者が少尉に過ぎない自分に頭を下げるのは、アクアにとって対応に困ることだった。

 「フィリオ、そろそろ」
 困った顔にしているアクアを見て、後ろのつぐみが助け船を出した。

 「あっ、そうだったね。早くαプロトを出さなきゃ。では、私はこれで失礼するよ。頑張ってね、ケントルム少尉」
 「は、はい!」
 励ましの言葉を残して、フィリオはスレイ達の所に向かった。恐らく、コンテナのロックを解除しにきたのだろう。

 「アクアも装着を始めてください。αプロトのテストの後、直ぐゲシュペンストMK-II改のテストを始めるから」
 「分かりました!」
 フィリオの後を追って行ったつぐみの指示に従い、アクアはハンガーに固定されているゲシュペンストMK-II改の装着位置まで登って、背を預けるように座った。
 初めての正式仕事だが、緊張はしない。訓練では何回もやった、そして自分は優秀だった。

 「すう……大丈夫。すべては訓練の時と同じだ、落ち着いていけばミスはしない」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、ゲシュペンストMK-II改を起動した。

 青をメインカラーとした装甲が、彼女の体と一体化していく。
 頭部に兎耳のような長いブレードアンテナ二つに、左腕部に三本のプラズマ・ステークを備えたプラズマ・バックラー。全体的では以前設計したのゲシュペンストMK-IIと大差は無いが、マリオン博士の再設計によりさらにシャープになり、各部に追加装備を取り付けれるためのハードポイントが設けられている。そうすることによって、パイロットの特性に応じて違う装備を選択でき、より柔軟な対応性を実現できた。
 量産向けの機体ではあるが、ポテンシャルの発掘次第では、エース機にもなり得るという、マリオン先生の作品にしてはまともな機体である。

 「コンディション、オールグリーン……後は本番を待つだけ、ね」
 機体チェックプログラムを起動して各部のコンディションをチェックした後、アクアは目を閉じて精神集中しようとするが……

 「どういうことだ! 兄様!!」
 突然、怒鳴りに近い叫びが格納庫全体に響き渡った。

 「ひぃっ!」
 ロックが掛かったハンガーに固定されていなかったら、驚いて飛び上がるところだった。ハイパーセンサーを使って確認すると、どうやらプロジェクトTDのメンバー達が何か揉めているようだ。
 「何かあったの……?」
 好奇心に駆られて、アクアは観察を続けることにした。


 「どういう事だ! 兄様!」
 スレイは今、目の前の事実を信じられずに居た。
 兄のフィリオの手によって開かれたコンテナの中身、αプロトと呼ばれる新型IS「アステリオン」。
 流れるような曲面ボディ、二基同時稼動によって絶大な推進補助効果をもたらすツイン・テスラドライブ。それが今まで蓄積してきたβプロトのデータが反映した、プロジェクトTDの最新結晶であることを示す何よりの証。
 しかしそれ以前に、真っ先に目に入ってきた機体の塗装色が納得できない。
 この最新結晶の塗装はなんと、自分のパーソナルカラーである緋色ではなく、アイビスがかつて使っていたパーソナルカラー、白だった。

 「なぜ私ではなく、あいつなんだ!」

 「落ち着いて、スレイ。βはスレイ、αはアイビス。これは前々から決めたことだ」
 裏切りを感じて激怒した妹の睨みを正面から受け止め、フィリオは柔らかな微笑みを崩さない。

 「フィリオ少佐……」
 自分ではなく、スレイのβプロトを保留したのはαを自分に託すためだったと、今気付くアイビス。

 「そうする必要はどこにある! 私ではできないと言うのか!」
 「分からないかい? なぜ僕はアイビスを選んだのかを」
 「分からん! 私のどこがアイビスに劣っているかも、兄様は何を考えているのかも、まったく理解できん!」
 「だろうな……でも、αプロトはアイビスに任せる。それは変わらない。アイビス、飛ぶのは久しぶりだけど、やれるな?」

 「はい!」
 地面でスレイを見上げていた日々も、何時か再び空へ舞い上がる日が必ず到来することを信じて、訓練を怠った日は一日たりとも存在しない。

 「じゃ、さっそく装着を始めてくれ。起動完了次第演習場に向かうように。スレイ、僕達と一緒にモニター室に来てくれ」
 「……」
 フィリオの言葉に反応を示すこともなく、スレイはただ拳を握り締めて地面を見つめて、肩を震わす。

 「スレイ?」
 「……くっ!!」
 自分へ伸ばした兄の手を振り払って、スレイはその長い髪を揺らして格納庫を飛び出した。

 「ちょっと、どこに行くの!? スレイ!」
 「いいんだよ、高倉チーフ。追わなくても」