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IS  バニシングトルーパー 026

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 マリオン博士が書類やらデータやらを片付け始めたのを見て、クリスはシャルロットを連れて部屋の出口へ向かった。
マリオン博士は標準的な仕事が出来て私生活が完全ダメな女だ。本人曰く家事に割る時間などないとのことだが、当時のカーク博士はどうやってマリオン博士に結婚届けにサインさせたのか、未だに謎である。

 「シャルロットはあのプランでよかったのか? 操縦性は一気にピーキー化するぞ?」
 廊下でシャルロットと二人きりになった途端、クリスは浮かない顔で嬉しそうな彼女に問いかけた。
 この時間だと生徒と教師は練習と仕事でまだ帰ってきてないから、静かな廊下には二人しかいない。

 「いいプランだと思うよ? それに、私はもっともっと強くなりたいから」
 「どうして? 別に無理して強くなろうとする必要はないんじゃないか?」
 シャルロットは母親との静かに生活から強引にISの世界に引き込まれた女の子。ISと関わらなければ、もっと普通な生活を送れたはずだった。だから無理せずに、このまま卒業して自由な生活に戻るのが一番幸せだと、クリスは思った。

 「ううん、違うよ」
 頭を横へ振って、シャルロットはクリスの手を握って彼の顔を見上げて笑顔を見せる。
 「クリスは卒業した後もISに乗り続けるでしょう? だったら、私も一緒がいい」
 「お前な……別の進路を選んでもいいんだぞ?」
 「でも、もう決めたことだから」
 「……」
 シャルロットの眼差しは真剣そのものだ。これ以上議論し続けても意味がないと理解したクリスは肩を竦めて、シャルロットの頭に手を置いて指で彼女の髪を梳いた。

 「やれやれ。分かったよ、好きにすればいい」
 「……もしかして、怒った?」
 不安そうな表情で、シャルロットは上目遣いで視線を向ける。

 「別にそういうわけじゃないから、勘違いするな。じゃ、俺はセシリアを呼びに行くから、また後でな」
「待って」
 手を振って踵を返そうとする時、クリスの袖がシャルロットに掴まれた。

 「うん? どうしたの?」
 「セシリアと二人きりになっても、浮気しないでね」
 「……しないよ。どんだけ信用ないんだよ俺は」
 「でも、慰めるつもりでしょう……?」
 セシリアの名が出た時にクリスの表情が微かに変わったのを、シャルロットは気付いた。
 
 セシリアは自分より先にクリスと知り合って、信頼関係を築いた。今更クリスを信用してないみたいな言い方はしたくなかったが、自分の恋人が他の女の子と楽しく笑い合うのはやっぱり見たくない。

 「そりゃ、今まで仲良かったし、落ち込んでたら一声かけてやるのが人情でしょう? 大丈夫だよ、シャルロットを裏切るようなことはしないから」
 「本当に?」
 「当たり前だろう」
 「じ、じゃ……行動で証明してくれる?」
 目を瞑って、シャルロットは顎を上げて唇を突き出した。
 いわゆる、キスをねだっているポーズだった。しかし相変わらず必死な硬い表情で、シャルロットの顔は耳までトマトみたいに染まっている。

 「……まったく、恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
 目の前にいるシャルロットの、いかにも柔らかそうなピンク色の唇に視線を釘付けにされる。クリスは余裕そうな口調で笑いながらも、自分が緊張しているのを自覚する。
 昨日のデートだって適当に散歩して、涼しいところで昼寝してただけだった。キスなんてあの夜以来だ。二度目まで女の子の方からだなんて、ちょっと自分のことを不甲斐なく思えてくる。

 「い、いいから早くしてよ……」
 「はいはい」
 やけ気味なシャルロットを微笑ましく思いつつ、クリスは手を彼女の頬に添えてゆっくりと唇を近づく。
 互いの息を感じ取れる距離まで近づいた途端、昨日一緒に買ったシャンプーの匂いと、シャルロット独自の香りが混ざり合いクリスの鼻をくすぐって、目の前にいる彼女の顔を堪らなく愛おしく思わせる。

 「うえぇぇぇ~腹いっぱい……もう当分の間ケーキを見たくな……あっ」
 「「……っ!!」」
 唇が触れそうなタイミングで、廊下の角から辛そうな唸り声を聞こえたのと同時に、金色のポニーテールを揺らす女性の姿が現れ、二人は硬直した。
 ケーキバイキングに行ったはずのエクセレンだった。

 「あらあら、悪いわね! どうぞ続きを……!」
 「そう言いながらなんで近づいてくるんですか!」
 「いや、出来たてのカップル二人の唇が触れ合う瞬間、乙女としては見逃せないんじゃない?」
 「エクセレンさん……彼氏いないだろう?」
 中年親父みたいな笑顔を浮かべつつ寄って来るエクセレンに慌てるシャルロットと対照的に、クリスは至って冷静に対応する。

 「うぐっ!!」
 「図星ですか……ふんっ、何となく分かってましたけど」
 「今のは酷いよ、クリス」
 痛そうに胸元を押さえて壁に擦って崩れ落ちていくエクセレンを鼻で笑うクリスに、シャルロットは注意する。

 「シャルルちゃんは優しいわね……それと比べてクリス君はなんて生意気な! でも大丈夫! お姉さんは今日ナンパされたから余裕があるわ!」
 「いいですよ、無理して見栄を張らなくても。エクセレンさんは綺麗だから、そのうちいい人と出会うかも?」
 「何その生暖かい眼差し! 本当だってば!! パチンコ屋でナンパされたのよ!!」
 「パチンコ屋?」
 クリスにとっては今まで無縁だった場所だが、なんとなく胡散臭いなのを直感した。

 「そうよ。前髪にメッシュを入れた超イケメンで、私が地面に落ちたパチンコ玉を優しく拾い上げてくれて、『落してたぞ』って囁いてくれたのよ?!」
 「どの辺がナンパですか。というかパチンコ玉を拾うくらいで優しくも何もないでしょう」
 「あの後も隣のパチンコ台に座って、いっぱい話しを聞いてくれて、いっぱいパチンコ玉を貸してあげたのよ! 明日も行けば、返してくれるって! これって、明日も会いたいって事でしょう?」
 「いやいや、絶対違いますから。大体平日の昼間でパチンコ屋に行くなんておかしいと思いませんか? リストラだよ絶対!」
 「そうだ、私明日も行くわ!! ちょっと金を下ろして来る!」
 「あっ、ちょ、もっと冷静に考えてくださいよ!!」
 阻止しようにも、エクセレンはゲシュペンストMK-IVも顔負けなスピードで再び廊下の角に消えて行った。

 「必死だな……エクセレンさん。まだ二十三なのに」
 「もう~エクセレンさんにあんな態度とっちゃダメだよ? いい人ですから」
 「はいよ~」
 本当は麻酔薬の件でまだ根に持っているが、シャルロットがこう言った以上、もう忘れよう。

 「騒がしいわね。何なの? エクセレンの声も聞こえた気がしたが……」
 部屋のドアが開き、白衣姿のマリオン博士が出てきた。それを見たクリスは、慌ててシャルロットの頬から手を離した。
 「あっ……」
 「じゃ、俺はセシリアを探してくるよ。マリオン先生、シャルルをお願いします」
 残念そうな声を上げたシャルルの肩に手を置いて、マリオン博士の前に押し出す。

 「デュノアの兄か貴方は。まあいいわ、任せなさい」
 「あはは……では、また後で」