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IS  バニシングトルーパー 026

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 軽く呆れたような顔をしているマリオン博士に誤魔化すように笑いながら手を振って、クリスは踵を返してその場を後にした。
 シャルロットは不満そうな顔にしていたが、埋め合わせは部屋に戻ってからにして、今はセシリアを探そう。



 「小銭、小銭っと。やっぱISスーツにポケットがないは問題だよな……」
 アリーナの男子更衣室で、ISスーツ姿の隆聖は自分の制服ポケットから財布を取り出して、小銭を数える。
 ISの練習はかなり体力を使うが、途中でに喉が渇いても水分を補充するためにまずは更衣室に戻らなくちゃならん。実に面倒くさい話だ。
 幸い販売機自体はアリーナの廊下に大量に設置されているから、アリーナを出る必要はない。ロッカーのドアを再び閉めて、隆聖は廊下に出て近くの販売機でスポーツドリンクを買った後、その販売機の隣に立って壁に背を寄りかかった。

 「ふぅ……生き返れるぜ」
 夏が近づいてきた。練習中でも細めに水分を補充しないと倒れてしまいそうな暑さだ。
 しかし練習がきつくても、全然辛いだと思わない。
 一昨日の模擬戦は、衝撃的なものだった。あんなハイレベルの戦いに自分が出たら、どこまでやれるのだろうか。あの状況でも最後まで諦めずに戦えたのだろうか。
 もっと、もっと強くなりたい。一夏よりも、鈴よりも、クリスよりも。
 超えるべき目標がどれほどいようと、諦めずにひたすら進むのみ。

 (そういえば、クリスとシャルルは何やってるんだ? 練習にも来ないし)
 放課後にいつも通りアリーナに行ったら、あの二人の姿がどこもいない。セシリアも何か気分悪いと言ってさっさと引き上げたし、仕方なく鈴に指導を頼んだが、いまいち言っていることが理解できん。
 (そう言えば、あのラウラって奴、今日凄い目で睨んできたな……この間のことで目つけられたのか?)
 朝と昼の食堂、そして廊下で偶然擦れ違う時、ラウラから敵視な視線を向けられた。ますます訳が分からん。
 一夏を敵視して、隆盛を敵視して、周囲から線を引いて周りと触れ合おうともしない。何が気に入らないのか、何がしたいのか。
 (そして、あの時アイツがしていた目は……)
 グラウンドで揉めていた時ラウラの怒りに満ちて、少し辛そうに見えた目が妙に印象に残った。

 「あっ」
 チリンと、金属が地面に落ちる音が隆聖の足元に響いて、彼を思考から現実の世界に呼び戻す。
 地面に目を向けると、そこには金属製のキーホルダーが落ちていた。
 「あれ、これって……」
 拾い上げたそのキーホルダーの形に、見覚えがあった。
 今放送中のより前に放送していた、スーパー戦隊のマスクの形をしているキーホルダーだった。基本的にロボットアニメをメインとしている隆聖だが、特撮や怪獣映画などもそれなりに嗜んでいる。とくに戦隊には合体ロボが出て来るため、好物シリーズの一つになっている。

 「あっ、あの、すみません、その……」
 キーホルダーに凝視している隆聖の耳に小さくて柔かい声が聞こえたのと同時に、女の子一人が視界に飛び込んだ。
 どうやらこの子はジュースを買おうとして財布を取り出した時、キーホルダーを落としたようだ。

 「……か、返してください」
 「あっ、悪いな。このキーホルダーのやつがちょっと懐かしくて」
 キーホルダーの女の子が差し出した手の平に置いて、隆聖はその女の子に笑いかける。
 やや内側へ跳ね返っている水色のセミロングの髪型で、眼鏡をかけている女の子だった。人見知りなのか、緊張した表情でやや隆聖のことを怯えているように見上げている。

 「懐かしい……ですか?」
 「ああ。戦隊は毎年見てるけど、これが一番好きだな。最近ではスパロボ合金で発売されたやつの出来も凄くよくて、思わずこっちの寮に持ち込んだよ」
 「そっ、そうですか?!」
 やはり戦隊ものが好きなのか、戦隊マスクのキーホルダーを大事そうに握っている女の子の顔は、緊張が少し解けたように見えた。

 「ああ。興味があるなら、今度見せようか? 寮の部屋の机に飾ってるけど」
 「ぜひ……やっ、やっぱり結構です! 失礼します!!」
 「あっ、ちょ……!」
 隆聖が引きとめる前に、女の子は素早く踵を返して、アリーナの出口の方へ歩き出して、まるで逃げるように去って行った。
 「いきなりどうしたんだ?」
 短い髪を揺らしている去っていく彼女の後姿を見て、隆聖は首を傾けて見送るしかなかった。



 「ハァ……」
 深いため息を漏らしつつ、制服の上着のボタンを留めてシャツの襟元の整えた後、セシリアはロッカーのドアを閉めて更衣室を出た。
 いつもならもっと遅くまで練習するが、今日はどうもやる気が出ない。このまま続けても意味がないと思って、いつもより早い時間に引き上げた。部屋に戻りたくないし、そのまま学園中で散歩を始めた。
 まだ眩しい日の光を避けて、並木道に沿ってゆっくりと歩く。気持ちのいい風に吹かれて、上品な仕草で髪を押さえつつ、セシリアはもの鬱げなため息を吐く。

 先週の模擬戦、クリスに声をかけられた時は嬉しかった。他の子ではなく、自分を選んでくれた。それだけ信頼してくれていたと言うことだ。
 なのに、全然役に立たなかった。
 ゲシュペンストMK-IVとエクセレンを前にして、自分は無力だった。牽制の役割だけでも、果たせなかった。
 こんな自分は、国家代表候補生の名に見合った実力を本当に持っているのかな? あの人の隣で戦うのに相応しくないのかな?
 「ハァ……」
 自信とプライドの塊りのようなセシリアもここまで思うと、思わずため息を付いた。

 「似合わないぞ、ため息なんて」

 物思いにふけてる間に、背後から声をかけられた。振り返ってみると、そこに立っているのは、微笑みかけてくる銀髪の少年だった。

 「クリスさん?!」
 「探したぞ、セシリア」
 「私を、ですか?」
 「他に誰がいるんだよ」
 「そっ、そうですか」
 わざわざ探してくれるなんて、嬉しくてにやけてしまいそうだ。

 「こんな所に一人で散歩? まだアリーナの方に居ると思ったのにな」
 「はい、ちょっと気分が優れなくて……」
 「えっ、本当か?」
 一歩近づいて、クリスはセシリアの顔を覗き込む。心配そうな表情をしているクリスの顔を間近で見て、セシリアは心臓の高鳴りを確かめるようにそっと自分の胸元に手を当てる。

 「マリオン先生が呼んでるけど、調子が悪いなら部屋まで送ろうか?」
 「いえ、もう大分よくなりましたから、大丈夫ですよ」
 「そうか? 無理しないでくれよ。倒れたら、皆が心配するから」
 「クリスさんも……心配してくれますか?」
 目線を上げて、セシリアはクリスの顔を見上げる。

 「当たり前だ。心配しない訳がない」

 「……っ!」
 心配の色がまだ消えてない彼の表情に、胸奥に温かい気持ちが湧き上がってくるのと同時に、僅かな寂しさを感じた。
時々意地悪する時もあるけど、いつも優しくしてくれて、毎日ちゃんと見てくれる。
 それなのに、何もしてあげられない。
 料理を失敗するし、ISの模擬戦にも役に立たない。
 ずっとそんな一方的に甘えてていいのかな。