IS バニシングトルーパー 028-029
ジャージ姿のレオナから温かい湯のみを受け取って、椅子に座っているシャルロットは微笑んで彼女に礼を述べた。
学年別トーナメント前夜の夜七時。練習を終えたシャルロットは夕食とシャワーの後レオナの部屋を訪ねた。
レオナのルームメイトは自分のパートナーと打ち合わせに行ったのか、部屋に居ないので、今この部屋には、レオナとシャルロットしか居ない。
「しかし、レオナはお茶を淹れるのが凄く上手なんだね、いつも美味しくて。クリスはそういう所は全然ダメだな」
湯のみの中を凝視しながら、シャルロットは感心したように呟いた。
クリスも偶に一夏の真似をしてシャルロットに茶を淹れるが、全然要領を得てないから、結局は隆聖か一夏を呼ぶ羽目になる。
「あら、言ってなかったかしら、私の母親は日本人よ。それに、昔は茶の淹れ方を教えてくれる人が居たから、腕にはちょっと自信あるわ」
どこか寂しそうな目つきをしていながらも、レオナは穏やかな微笑みを見せ、自分の湯のみにお茶を注いだ。
レオナに茶を教えたのはエルザムの亡き妻、カトライアだった。料理の方はまったくこれっぽっちも上達しなかったが、しっかり覚えたお茶はの入れ方が今となっては、彼女にとって大事な思い出。
「にしても、レオナの部屋ってあまり私物とかないんですね」
この部屋において、レオナの私物は数えるほどのものしかない。洗面所においてある肌の手入れ用品などを除けば、残る私物は日本に来てから買ったお茶入れセットと私服数着しかない。軍の給料やIS操縦者の手当てなどで結構なお金を溜めているのに、シャルロットの目に映る彼女は気品があってもあまり“金持ちのお嬢様”って感じがしない。
「軍隊生活が長いから、簡単のに慣れてるわよ」
「そうなんだ……」
「そういうシャルルだって、デュノア社社長の息子でしょう?」
「まあ、僕も贅沢とか好きじゃないから……」
シャルロットとしては、むしろ母親との長年の二人暮らしで節約生活の方に慣れている。父親の財産を受け継ぐのは多分無理でも、代表候補生としての手当てと給料はかなり溜めているのに、彼女は殆どそれを使ってない。
「気が合うわね、私も贅沢なのが好きじゃないわ」
「あっ、可愛いブレスレットだね」
「えっ? ああ、ありがとう」
頬に掛かった髪を耳の後ろにかける仕草をしたレオナの腕につけているブレスレットを見たシャルロットは、褒めの言葉を口にした。それを聞いたレオナが一瞬驚いた表情の後、照れるながらも困ったような表情になった。
そしてその微妙そうな表情を見たシャルロットは、なんとなくそのブレスレットを送ったのは誰かを察してしまった。
自分のジャージのポケットに手を入れて、そこに仕舞っているヘアピンを指で触る。この間クリスに買ってもらったものだけど、さすがに男装の時はつけられないから、普段はポケットに入れて持ち歩いている。しかし時々こうして触ってみただけでも、嬉しくなる。
そのブレスレットを三年間持ち続けているレオナも、同じ気持ちなのかな?
「それより明日はトーナメント本番だけど、シャルルの調子はどう?」
ブレスレットを見つめたまま黙り込んだシャルロットの注意を逸らそうとして、レオナは別の話題を振った。
「あっ、はい、万全ですよ。レオナと一緒なら、クリスにも勝てそうだね」
「目標を優勝にしなさい。あの男なら、私一人でも倒せるわ」
「凄い自信だね。クリスと直接戦ったのは三年前のことでしょう? あまり油断しない方はいいんじゃない?」
「確かに貴方の言うとおり、ここに来てからクリスと直接戦ったことはないけれど、模擬戦で見た限り、彼の癖は全然変わってないわよ」
「そうなの?」
「間違いないわ。あいつは真っ向勝負が苦手だから、常に相手を自分のベースに引き込むことを考えているくせに、読みが外れたらすぐ逃げるか小手先に頼る卑怯なやつだから、動きを読むくらい簡単だわ」
「あはは、酷い言いようだね。でもさすがに言い過ぎだよ」
引き攣った笑顔を浮かべながら、内心ではかなり言い当ってる気がするシャルロットだが、彼女にとって、それがクリスのすべてではない。
「全然言い過ぎじゃない。クリスは社長と姉の命令だけは何よりも優先するのくせに、肝心なところはいつも逃げ出す男よ。彼のそういうところ、私は一番嫌いだわ」
「それはきっと誤解だよ。クリスはレオナに優しかったでしょ?」
そうでなければ、何年もそのブレスレットをつけていたりはしないはずだと、シャルロットは思った。しかしそれを聞いたレオナは、頭を横に振った。
「あいつは誰にでもあんな感じだわ。すぐ寂しがるやつだから、人に構って貰えないのが怖いだけよ」
「それは……ちょっと否定できないけど、それでもクリスの優しい本質は変わらないじゃない」
確かに八方美人な所があって、過去のこともあまり教えてくれないけど、それでもシャルロットは優しくしてくれたクリスを信じたい。
そんなシャルロットを見て、レオナはまるで何かを納得したような表情を浮かべた。
「……クリスが貴方を特別扱いする理由、何となく分かったわ」
「えっ?」
「貴方は無条件で彼を完全に信頼しているから、だから彼は貴方に心を許しているわね。私にはできないことね」
「どうして?」
「あのイングラムっていう男の命令なら、自爆だろうと躊躇わずに実行してしまう。あの頃の彼は、そんな感じだったわ。実際に彼はイングラムの指示で危険な実験に参加し、片手まで失った。そういう所、怖いのよ」
湯のみの中を見つめて、レオナは眉の間に皺を寄せて複雑な顔になった。
訓練生だった頃、レオナに近づく人間は漏れずに全部レオナの父が軍の情報網を使って調べたが、クリストフ・クレマンという人間の資料はほぼ全部偽造されたものだった。だからこそエルザムとゼンガーに見極めを頼んだが、意外にもクリスはあの二人に頭を縦に振らせた。
しかしそれでも、クリスは自分のことをレオナに説明しなかった。
信じたくても、彼の裏面が見えなくて信じられない。だから会社に誘われた時に素直に頷けなかった。なのに今となっても心のどこかで彼からもう一度近づいてきて、すべてを話してくれるのを期待している。
つくづく馬鹿な女だと、自分でも自覚している。
「レオナ……」
微妙に落ち込んでるように見えたレオナを見て、かけるべき言葉を見つからなかったシャルロットは自分の唇に軽く歯を立てた。
クリスの隣という居場所を手に入れたけど、やはり一緒に居た時間の差が大きい。自分よりレオナの方がクリスのことをよく理解しているし、クリスは多分今でもレオナのことを気になっている。
とは言え、クリスが自分への気持ちまで疑う気はない。
いわゆる優柔不断ってやつね。本人は絶対認めないでしょけど。
しかし、ここまで話してくれたレオナに、シャルロットは申し訳なく思ってきた。
レオナは多分自分と近い気持ちをクリスに抱いている。なのに自分だけが正体も事実も隠している。
こんなの、フェアじゃない。
「お茶のおかわりはいるかしら?」
「あっ、あの、レオナ!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 028-029 作家名:こもも