IS バニシングトルーパー 028-029
アリーナのデジタル時計を見上げたクリスは背伸びをして練習の切り上げを提案して、箒に手を差し伸べた。
明日からはトーナメント本番だ。今夜はさっさと飯を食ってゆっくり休もう。
「ああ、全力を尽くさせてもらおう」
パートナーの手を取った少女の顔には既に曇りが消え、淡い微笑みが浮かべていた。
「全員が揃えたようなので、会議を始めようと思います」
ハースタル機関本社、やや無機質な内装をしている会議室に、鋭い目付きをしている女性のはっきりとした言葉が響き渡った。
そしてピシッと背筋を伸ばしている彼女の言葉に、背を向けて座っている長い青髪の男は周囲に視線を巡らせた後、軽く頷いた。
イングラム・プリスケン、ヴィレッタ・バディム、カーク・ハミル、白河愁、Dr.トキオカ、ロバート・H・オオミヤ。
今この会議室のテーブルを囲んでいるのは、社内各部門のリーダー達。これは社内の報告会である。
「先ずは調査班からの報告ですが、例の正体不明の墜落物は今月に入ってまた発生してしまいました。四月のも含めて四件目ですが、今回も残骸がまったく回収できてません」
メインモニターを背に、注目の中ヴィレッタは資料を捲りながら明瞭な口調で報告を始めた。
「四件目か……こっちも急がなければな。新型の開発進捗状況はどうなっている」
ヴィレッタの報告を聞いたイングラムは、僅かに考えた後カークとDr.トキオカに視線を向けた。
「AMガンナーの組み立ては既に完成しました。あとはクリスのところで微調整するだけです。しかしエクスバインのジェネレータ出力では、インパクトキャノン二門までの同時射撃が限界だと推測されます」
先に口を開いたのは、カーク・ハミルだった。
ヒュッケバインMK-III用の高機動砲撃パッケージ「AMガンナー」は、高い空中機動力と砲撃能力を誇る。しかしエクスバインの出力では、ドッキングが出来てもその力を完全に発揮しきれない。
そこで、Dr.トキオカからの朗報が入った。
「安心せい。ヒュッケバインMK-IIIのトロニウムエンジン制御システムの見直しは終わったんじゃ。組み立ては既に始まっておるし、間もなく仕上げるわい」
「そうか。ところで、ヒュッケバインMK-IIIに俺が指示したあのシステムは、ちゃんと組み込んでるな?」
「ばっちりじゃわい。XNディメンション、面白いものを作るのうお主は。コアネットワークを依存するプロトタイプとは言え、十分反則的なシステムじゃ。もちろん、小僧が使いこなせばって話じゃがな」
イングラムの質問に老人は返事しながら、まるで昨夜に食べた好物を思い出した子供のように目を細めて楽しそうにニヤリと笑った。
「結構。Rシリーズの方は?」
Dr.トキオカから、イングラムは視線をカークの方に戻した。
伊達隆聖に預けたR-1はSRX計画の第一段階、Rシリーズの一号機であり、そのあとにはR-1との連携を前提に開発された機体が存在する。
「R-2とR-GUNのパーツ既にルクセンブルク分社の工場で生産し始めました。こっちの仕事が一段落つきましたら、私はあっちに向かい、機体の組み立てと調整作業を監督します。ですが現段階では、R-2とR-GUNはやはり通常エンジンで稼動するしかありません」
「構わんさ、トロニウムの搭載はR-3がロールアウトしてからでも遅くない」
「分かりました」
イングラムに軽く頷いて、カークは視線を隣に座っている、長い金髪を束ねてメガネをかけた青年ロバート・H・オオミヤに向けた。そしてカークの視線を気付いたロバートは、手元の報告書を捲って直ぐに報告を始めた。
「量産機トライアルに提出する機体ですが、量産型ヒュッケバインMK-II及びアルブレードは既にデュノア社の工場でロールアウトしました。うち、量産型ヒュッケバインMK-IIは予定通りデュノア社名義で提出させましたが、アルブレードは、その……」
ロバートの担当は主にグルンガストシリーズだったが、現状では新型のグルンガスト開発計画がないため、量産機や追加装備などを担当している。
「うん? 何か問題でもあったのか」
言葉を濁す部下に、イングラムは詳しい説明を要求した。
「えっと……機体そのものにはまったく問題ありませんが、特殊戦技教導隊に断られました」
「そうなのか?」
ロバートの話を聞いて僅かに驚いたイングラムは、後ろのヴィレッタに確認を取る。
アルブレードとは、R-1をベースにして再設計した量産機だが、基本スペックは原型機と殆ど変わらない程優秀な機体であるため、それが断られるのは意外だった。
「はい。ブライアン事務総長からは、教導隊メンバーの北村少佐とラウ大佐はアルブレードの使用を断り、アメリカのラングレー研究所が開発した『量産型ゲシュペンストMK-II改』を選択しましたので、コアの処理作業を依頼したいとの連絡を受けました」
「わかった。では、アルブレードはうちの名義で提出しろ」
「了解しました。あと、例の織斑千冬ですが……彼女は教導隊の誘いを断ったようです」
「……やはりか」
ヴィレッタの報告を聞いたイングラムは、眉を顰めた。
存在がまた世間に知られていない教導隊は今のところ男性メンバーをメインに編成しているが、やはり女性主義者の反感を避けるために女性メンバーは必要だった。そういう意味合いでは女性から偶像化されている織斑千冬は最適な人選だが、本人がいやなら無理強いはできない。
「仕方ない。この件についてはブライアン事務総長の交渉術に期待することにしよう。後、発表式は予定通り俺とマオで出席するが、クリスはブライアン事務総長のところに行かせろ」
「分かりました」
端末を操作して、ヴィレッタはイングラムの指示をメモする。
「それと……白河博士」
「はい、承知していますよ」
イングラムに名を呼ばれ、いままで隅の方で黙って聞いていた青年が薄い笑みを浮かべながら返事をした。
「お披露目が芝居の手伝いというのは些か不満ではありますが、皆さんには垣間見て頂きましょう……グランゾンの力を」
「頼んだぞ。他に報告事項はあるか?」
部下達の顔を一人ずつ見回して報告事項はもう無いと確認した後、イングラムは席から立って、
「では、今日の会議はここまでだ。ご苦労」
と、報告会の終了を告げて、踵を返して退室した。
(さて、順調と言ったところだな)
ヴィレッタと廊下で別れて、イングラムは一人でエレベータに乗り込み、ボタンの押して自分の社長室へ向かう。
異星人たちは密かに戦力を送り込んできているが、それも限界があるはずだ。こっちの戦力には敵うまい。ことが大きくなる前に密かに葬り去れば、連中も手出しが出来なくなるはず。
(そして、SRXとヒュッケバインMK-IIIが覚醒を迎えたその時に、俺は……)
エレベータの壁におぼろに映っている、薄気味の悪い笑みが浮かべている自分の顔を見つめて、イングラムは喉の奥で軽く笑った。
「今日はほうじ茶だけど、大丈夫かしら」
「ありがとう。全然大丈夫だよ」
作品名:IS バニシングトルーパー 028-029 作家名:こもも