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IS  バニシングトルーパー 032-033

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 「そうなんだ。じゃクリスが一緒に行かなくて、いいの?」
 「行くわけないだろう。シャルロットとの約束があるし。それよりあれだ。今じゃ皆がお前のことをシャルロットって呼ぶし、そろそろ特別な呼び方が欲しいな」
 「別の……呼び方?」
 「そうだな……シャルって、どうだ?」
 「シャル……」
 シャルロットの名前を略してシャル。呼び易くて親しみもある。
 クリスの口から出た呼び名を、シャルロットは反芻するように呟いて考えこむ。

 「ああ。俺だけが使う、特別な呼び方だ。いや?」
 「ううん。凄く嬉しい!!」
 頭を振った後、シャルは花を咲くような笑顔が浮かべけた。

 「じゃ、シャル。少し寝るから、肩を貸してくれ」
 「えっ? あっ」
 シャルの返事が返ってくるまで待たずに、クリスは頭をシャルロットの肩に預けて目を瞑り、たちまち静かに寝息を立て始めた。
 どうやらかなり疲労していたようだ。

 「もう……」
 困ったように小さく呟いて、シャルはクリスの乱れた前髪を丁寧に掻き分けた後、頬を彼の頭に当てて自分の目を瞑った。
 たまにこういう風に二人だけでゆっくりしていると、暖かくてとても幸せな気分になる。
 これからも、ずっとこんな気分を味わっていられるといいな。
 そんな些細な未来を祈って、シャルは無意識に口元を僅かに吊り上げた。

 微かに揺れる電車に乗って三十分。
 ショッピングモールの駅から出た時のクリスの疲労感は大分取れた。腕を伸ばしながら、クリスは駅前の時計に目をやった。
 今の時間なら、箒は一夏と鈴と一緒に映画館についた頃だろう。
 美少女二人を連れて映画とか、一夏は周囲の男に殴られないかな。あはは、殴られると面白いな。あとで電話してみよう。

 「では行こうか、シャル」
 「うん!」
 珍しげに周りの風景を見回しているシャルの手を握り上げて、クリスは彼女と微笑み合った後歩き出した。
 しかしその時、近くにある店の金属看板に映っている愉快な不審者の影が目に入った。

 (あれは……)
 磨かれていた金属の看板にはっきりと映っているのは、物の陰に隠れてこっそりとこっちを観察している女性の姿だった。
 その女性は末端がスパイラル状になっている長い金髪をポニーテールで纏め上げ、顔の半分も隠す程の大きなサングラスをかけ、そして普段では決して着ないジーンズを着ている。

 (おい……変装の才能はエルザム少佐と同レベルだぞ……)
 あれから何回も謝ったけど、結局怒ったまま口をきいてくれないから、今日は学園にいると思ったのに、まさかついてきたとは。
 まあ、時間が解決してくれるのを待つしかない、か。今は気付かないふりしよう。
 彼女もちょっと世間の一般常識とずらしているところがあるから、一人にさせるのはちょっと心配だが。

 「どうしたの?」
 「あっ、いや、なんでもない」
 首を傾げて不思議そうに見つめてくるシャルに、クリスは薄く笑って返事をした後再び歩きだした。
 「クリスの手って、冷たくて気持ちいいね」
 「冷血だからな。もしくはお前が子供体温」
 「じゃ、相性ばっちりだね」
 「ポジティブだね……まずはスーツだ。国際規模イベントだから、安物じゃダメだぞ。本当はオーダーメイドにしたい所だけど、時間ないし」
 特に今回はイングラムからブライアン事務総長と一緒に行動するように命じられている。
 どんな人物なのかはまだ分からないし、もしろそういうことにうるさい奴だったら、やはり身嗜みにも気をつけねばならん。

 「じゃクリスに任せるよ。スーツのことよく分からないし」
 「任せろ。ホストみたいに仕立ててやるよ」
 「嫌だよそんなの!」
 雑談を交わしながら、二人は目的地のショッピングモールへゆっくりと歩く。
 ちょっと意地悪そうに笑みを浮かべても、恋人に優しい目つきで見つめる銀髪青目の美少年、そして苛められたかのように頬を膨らませても、すぐ幸せそうな笑顔になる金髪紫瞳の美少女。
 いかにも仲睦まじいカップルに見える二人の様子に、道の途中に擦れ違った人たちは皆振り返って二人に羨ましげな視線を向けてくる。
 そして、後にいる不審者が自動販売機の陰に隠れてハンカチを噛んでいるのは言うまでもない。

 *

 同時刻、ショッピングモールからそう離れていない映画館のロビーに、二人の少女が佇んでいた。
 片方は腕を組んで、無表情にしている長身なポニーテール少女、もう片方は両手を腰に当てて何かに焦っているように見える小柄なツインテール少女。
 往来する人波の中、二人は押し黙ったまま売店の中に立っている少年に視線を向けている。
 しばらくして、少年は両手にポップコーンとジュースを抱えて戻ってきた。

 「お~そ~い!!」
 映画鑑賞の時に食べる菓子を買ってきてくれた少年に不満を零しつつ、ツインテール少女は少年が抱えているポップコーンを奪い取った。
 「ほら、半分持つから、一夏はさっさとチケットを出しなさいよ。入場できないじゃない」
 「鈴お前な……」
 呆れた顔して、一夏は空いた手で制服のポケットを探り、チケットを出す。

 「にしても、一緒の席を予約出来てよかったな、箒」
 「えっ、ああ。そうだな」
 疲れたやや緊張気味に返事を返すと、箒は一夏から彼の抱えているジュースを引き受けた。
 「私も少しは持とう」
 「あっ、サンキュー。箒って気が利くな」
 「ちょっと! 何でアタシと態度が違うのよ!」

 そんなやり取りをしながら、三人はチケットを持って映写室の入り口に移動し始める。タイプが全く違う二人の美少女を連れている上に、本人もテレビに報道された有名人だけあって、周囲の男たちから殺意と恨みが一夏に集まってくる。

 しかし上には上がいるものだ。ロビーの入り口に新たに現れた四人組に、全員の注目は一瞬で引き寄せられていった。
 一夏たちと歳の近い少年一人が、三人の少女を連れてロビーに入ってくる。

 「あっ、統夜、アタシポップコーン食べたい!!」
 元気そう赤髪少女が大声を出して、少年の左腕に抱きついてお菓子をねだる。
 「わたしも食べたいのですから、キャラメルにしてください」
 大人しそうな金髪少女が、少年のTシャツを掴んだまま小さな声で呟く。
 「もう~この子達は……統夜を困らせじゃダメでしょ?」
 一番しっかりしているようで少年の右腕を抱きついている黒髪の少女が、眉を僅かに吊り上げて二人を叱る。

 「あはは、別にいいじゃないかカティア。せっかく皆で映画なんだから、ポップコーンくらいは好きなだけ食べさせよう」
 爽やかな笑顔を浮かべて、少年は三人の少女を一遍に抱き寄せて順番に見つめた後万円札を一枚出した。
 「みんなが笑顔なら、それでいいさ!!」
 「「「統夜!!!」」」
 白い歯をキラリと輝かせた笑顔とキザなセリフで目をハートマークにされた少女達が少年の胸に飛び込んだ瞬間、ロビーに居る全員の時間が一瞬で停止した。