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IS  バニシングトルーパー 032-033

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 この何とも形容し難いハーレムのオーラに威圧されて、誰も動くことをできなかった。そして完全石化した周囲の注目を浴びながら、少年はまったく気にしない様子で少女達を連れて売店でポップコーンを購入した後、映写室へ入っていった。

 「チッ、リア充ともめ……」
 抱えているポップコーンを摘んで口に投げ込んで、鈴は眉を顰めて咀嚼しながら小さくぼやいた。
 「じ、じゃ俺達も……入ろうか?」
 「……そうだな」
 気を取り直して、一夏達も移動し始めた。
 今日は何か映画より凄いものを見た。写真を撮っておくべきだったな。


 *

 一方この頃、クリスや一夏達か居る区域から遠く離れた場所にある複数の白い建物に囲まれている緑溢れる庭に、花束を握っている陽気な少年と、果物を携えて眼帯をつけている銀髪少女が肩を並べて広場を横切って奥へ向かう。
 ここは国内においてトップレベルの施設と治療技術を誇る病院である。そして二人が向かっているのは、奥にある入院病棟。

 「あのなラウラ……夜で俺のベッドに潜り込むのをそろそろ止めてくれないか?」
 「なぜだ。隆聖は私の嫁なんだぞ。同衾は当たり前のことではないか」
 「いやだから、ラウラは日本の文化を誤解しているって……」
 常識的な問題を指摘しているはずなのに、不思議そうな表情で聞き返してくるラウラに隆聖は戸惑いの色を隠せない。

 ここ数日、IS学園の生徒達の話題はシャルロットの恋人宣言とラウラの夫婦宣言が持ち切りになっている。特にラウラと隆聖は二組生徒全員の前でキスしたし、クラスメイトが携帯で撮った写真は学園新聞にも載せられている。
 そしてあの日から、ラウラは毎日の夜中に隆聖のベッドに潜り込んでくる。朝になっていきなり布団の中から裸のラウラが現れるのはさすがに隆聖の心臓に悪い。
 鍵はちゃんとかけたはずなんだけどな。

 「大体さ、女の子なら軽々しく裸を見せるのはダメだろう」
 最近毎朝に見ていた一糸も纏わぬラウラの姿を思い出して、隆聖の顔が赤くなる。それを見逃さなかったラウラは嫁の顔を見上げて質問してきた。

 「隆聖は、私の裸を他の男に見られるのがいやなのか?」
 隆聖の部屋には一夏も住んでいる。一夏からの文句なら無視するが、裸見られて隆聖を不愉快にさせたくない。
 「えっ? ああ、そりゃ……」
 「そうだな。夫婦とは互い包み隠さぬものだと聞いたが、他の男の前に裸を晒すのは確かに問題だ。私の配慮が足りなかったな。すまなかった」
 「そうか。分かってくれたら……」
 「では隆聖、お前の古ワイシャツを所望する」
 「はあ? そんなもの欲しがってどうするんだ?」
 「パジャマとして着用した状態でお前のベッドに潜入すれば問題ない」
 「行動自体やめろつってんだよ!!」
 クラリッサから仕入れた知識を活用してみたが、そっち方面に疎い隆聖にあっさり断られた。

 さすがにトップレベルの病院だけあって、庭もかなり広い。長い並木道を抜けて、二人はようやく入院病棟に辿りついた。
 そして静かなロビーを横切ってナースステーションの前を通った時、中に居る看護婦さんに声をかけられた。
 「ああっ、来たわね伊達君。まだお母さんの見舞い?」
 「あっ、はい」
 「毎週欠かさず来るなんてお母さん思いね。お母さん、今日は調子いいみたいだよ? あと楠葉ちゃんも病室にいるみたい」
 「そうか。ありがとうな」
 看護婦と簡単な遣り取りをした後、隆聖はラウラを連れて廊下の角を曲がって階段を上る。

 「今日はすまんな。せっかくの休日なのに」
 「気にするな。私もお母様のご挨拶に行こうと思っていたところだ」
 今日は隆聖が母のお見舞いに出かけると聞いて、ぜひご挨拶をしたいとラウラも一緒についてきた。
 いかんせん急な作戦だったため、クラリッサに相談して作戦を練る時間はなかった。ルームメイトであるシャルロットのアドバイスでお見舞い品として果物を購入したが、後は出たとこ勝負。

 「しかし隆聖。さっきの看護婦が言っていた楠葉とは、何者だ」
うろ覚えだが、学園の保健室で隆聖との会話にも一度だけ出た名前である。
 「ああ、水羽楠葉、俺の幼馴染だ。家が隣でさ、小さい頃から色々と助けてもらっている」
 「……女か?」
 「うん? 俺達と同い年の女の子だけど?」
 「……なんということだ。隆聖、お前に妹がいるか?」
 「妹? いないな。一人っ子だし」
 「そうか」
 軽く胸を撫で下ろして、ラウラはすぐ再び深刻な顔になった。

 クラリッサから聞いたことがある。日本の男にとっての特別な存在は二つほど存在するという説を。
 一つは妹だ。お兄ちゃんと呼びつつ添い寝したり、部屋に連れ込んで人生相談したり、かなり厄介な存在だ。しかも家族というアドバンテージを持つ以上、結婚後でも油断できない。
 そうしてもう一つは幼馴染だ。小さい頃一緒にお風呂に入ったり結婚の約束したり、窓から相手の部屋に侵入したり、下手すれば既に家族公認されて長年夫婦になっている可能性だってある。
 ここ数日は浮かれてすっかり確認するのを忘れた。
 なんてことだ。相手より二手三手先を読むところか、作戦情報すら確認し忘れたとは、何たる失態。
 が、撤退するわけにはいかない。こうなったら一人で突撃し、女としての意地を見せてやる!

 と、ラウラが一人戦略検討会を開いているうちに、既に目的地の病室に到着した。ドアに叩いて中から返事を聞こえた後、隆聖とラウラは入室した。

 「よっ、来たぜ。お袋、楠葉」
 「ああ、隆聖君!」
 「リュウ……」
病室の中にはベッドの上で上半身を起こしている優しそうな大人の女性と、ベッドの横でパイプ椅子に座っている楠葉が居た。挨拶を交わした後隆聖は二人へ近づいて行き、ラウラはその大人の女性の顔を凝視したまま玄関で立ち止った。

 (この人が……)
 その大人の女性と目が合った瞬間、ラウラの頭が真っ白になった。
 さっき隆聖はこの女性を母と呼んだ。つまりこの女性が隆聖の母親=ラウラの義母。自分の義理の母親になる女性だ。
 何を話せばいいのか、まったく分からん。色々と対応パターンを考案してきたはずだが、一瞬で全部どこかへ吹っ飛んでしまった。

 「どうした? ラウラも座れよ」
 パイプ椅子を二つ出して、隆聖は玄関の近くで呆然としているラウラを手招く。
 「えっと、リュウ? この子は……学園のお友達?」
 ラウラに微笑みかけたまま、女性は隆聖に質問した。彼女の問いに反応して、ラウラは緊張のあまりに果物の籠を握ったまま体勢をピシッと正し、ドイツ軍式の敬礼をした。

 「はっ! お初にお目にかかります、マダム。IS学園一年一組所属、ラウラ・ボーデヴィッヒであります」
 「あらら、面白い子ね。私は伊達雪子、よろしくね」
 目を細めて優しい笑顔を見せ、隆聖の母親である雪子はラウラに手を振って挨拶した。

 「はい! それで、その……」
 「うん? なに?」
 何かを言いたげにしているラウラに、雪子は笑顔のまま首を傾げた。しかし緊張状態下のラウラには既に物事を考える余裕がなく、ただ真っ赤な顔をしてぺこりと頭を下げて大声で叫びだした。