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IS  バニシングトルーパー 034-035

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stage-34 若者達の休日 後編




 
 「やっと最後か。さっさと終わらせてやるよ」

 あの後試合がスムーズに進み、一時は美菜の独擅場となりかけたが、何とかクリスとラウラの攻撃力のお蔭で得点が入り、このまま第9回まで進んでしまった。
 そして所属チームが一点遅れた劣勢のまま、クリスは打席に立った。

 このチームにおいて、クリス、ラウラはやや規格外なアタッカーになっている。
 投球板に立っている少女北村美菜は確かにハイスペックだが、さすがに正式の軍隊訓練を受けたクリスとラウラほどの身体能力には及ばない。ルールなど詳しく分からし作戦なんて考えてないが、この二人はパワーと反射神経を頼って次々と長打を打つ。
 しかしその時、敵チームに変化が起きた。

 「ああああっ!! 」
 敵チームのライトはいきなり発狂したかのようにグローブを地面に叩きつけて、大声で奇声を叫び出した。

 「何だ、どうした?!」
 グラウンドにいる全員が動きを止め、彼に注目を向けた。そしてそのライトの男は頭を抱えてグラウンドから全速で脱走していく。
 「こんな外野、守る価値なんてない!!!」
 というセリフだけ言い残して、男の後姿が段々と小さくなっていき、やがて見えなくなった。


 「何なんだ、あれ」
 「さあ……仕入先の八百屋でバイトしている奴らしいけど……」
 キャッチャーの弾に今起きたことを聞きながら、クリスは調子抜けたようにバットを下ろした。

 「でもライトはもういないぞ。さて、ここで終わりにするか? 続けるか?」
 「そんな決定権がお前にあるのか! というかもう第9回だし、ライトくらいなら別にセンターが……」
 一塁に立っているラウラを一瞥して、クリスは不敵な笑みを浮かべて弾に言い放つが、弾はノリよいセリフで返事した後配置変更をしようとする。
 しかしその前に、若い女性の力強い言葉がグラウンドに響き渡った。

 「お待ちなさい!!」

 「……っ!? 何処からだ!」
 「あそこだ、休憩場の屋根の上だ!」
 「いつの間に!!」
 皆が目を向けると、弾達のチームの休憩場屋根の上には、一人の少女が仁王立ちしていた。
 長い縦ロール金髪をポニーテールで纏め上げ、ジーンズとTシャツを着ているその少女には、仮面舞踏会の時に使うような派手なマスクをつけている。
 
 「例え意地悪な作者が一文字の描写も書いて下さらなくても、主人公を影から見守りいたします。そしていつかは振り向いてくれることを信じて、思い続ける勇気を持つもの。人、それを真ヒロインと言いますわ!」

 「何やねん! 誰や!」
 ご丁寧に、隆聖は立ち上がってエセ関西弁で少女の正体を問いかけた。

 「貴方たちに名乗る名前などありませんわ!!」
 足場を蹴って、少女は優雅な動きで屋根の上から飛び降りてグラウンドに侵入してくる。

 「今はひとまず……ミス・淑女道と名乗らせて頂きましょう」
 優雅なポーズを決めて、結局少女は華麗に名乗りを上げた。
 しかし誰も突っ込まない。
 関わったら面倒なことになりそうだから誰も突っ込まない。

 「……センター、ライトを守れ! 最後だぞ!!」
 「さあ、勝負だ! 美菜ちゃん!!」
 「はっ、はい!!」
 突如に現れた謎の戦士、ミス・淑女道をスルーして、弾が指示を出した後ミットを構え、クリスはバットを持ち上げた。

 「ちょ、ちょっと! わたくしの話を……!!」
 ガキンッ!!
 ミス・淑女道の焦った言葉が終わる前に、クリスはバットを振った。
 ホームランだった。ボールはフェンスを越えて、川の向こうへ飛んでいった。
 これで逆転。めてだしめてだし。

*

 一方この頃、近くの川辺の芝生にサラリーマン風の男二人が居た。
 一人は芝生の上で膝小僧を抱き締めて、顔を膝に埋めていて、もう一人は後ろに立って川を眺めている。
 「伊達や酔狂でこんな仕事をしているわけではないはずだ……」
 「まったく、社長に怒られたくらいで、何いじけてんだ。売り込むはスマートにっていつも言ってるだろう? 今月の業績は半分やるか?」
 「この俺に……イカサマをしろと?」
 「面倒くせえな貴様。期限までまだ時間あるし、嫌なら明日からちゃんとやれ。今夜好きなもの作ってやるから、家に帰ろうぜ?」
 「……本当?」  
 「本当さ。それに希望を諦めなければ、きっと運が来るって」
 「アク……あたっ!!」
 相方の名を呼ぼうとした瞬間、空から降ってきたものは座っていた男の頭に直撃した。
 野球ボールだった。あまりの激痛に男は頭を抱えて身悶える。

 「だ、大丈夫か?」
 「こんな世界、もう嫌だ……」
 「はっ?」
 「今度こそ、仕事を辞めて完全なる生命体になってやらあああああ!!」
 「おい! おい待てよ!!」
 いきなり立ち上がって、男は涙目のまま相方を置いて疾走していった。
 世知辛い世の中だ。
 彼の今月のノルマ達成を祈ろう。

*

 そして一時間後、然程盛り上がってなかった試合が終わり、皆は撤収した後ベネルディ家の庭に集まった。
 そろそろ夕食の時間なので、一応勝利の打ち上げということで、ベネルディ家の庭でバーベキューをやることになった。
 とは言え、敗北したチームに居た一夏、弾や美菜たちも誘われて、この場に来ている。

 「あらら、こんな沢山の若い子達がうち来てくれたのは初めてね。よしっ、少し待っててね!」
 「ガーネット、あなたは休んでてください! あとは私がやるから!!」
 腹が膨らんでいる妊婦、ジャーダの奥さんであるガーネットは包丁を握って食材を切ろうとするが、直ぐに桜花に止められた。

 「あっ、私が手伝いますね」
 「アタシも!」
 「じゃ、俺達はグリル設置をやっておくよ」
 夕日の光の中に、女性陣たちは次々とテーブルを囲んで桜花の手伝いを始め、男性陣はバーベキューグリルの設置を始めた。

 「ラウラさん、ナイフ捌きが上手ですね」 
 「野外サバイバル訓練の一環だったからな。蛇でも蛙でも問題なく捌ける」
 肉とタマネギを愛用の戦闘用コンバットナイフで手早く切りながら、ラウラは楠葉に自慢げな口調で返事をした。
 ずっと庭の隅でしゃがんだまま地面に「の」の文字を書き続けているミス・淑女道を除いて、今日の女性陣に料理のできる子が多くて助かる。
 一方、男性陣では既にグリルの設置を終え、火力が強くなるのを待っているところだ。その時隆聖は尿意を感じ、火の具合を見ているジャーダに話しかけた。

 「ジャーダさん、ちょっとトイレを借りていいですか?」
 「ああ、いいぜ。ついでに二階にいるラトゥーニを呼んで来い」
 「おお、わかった!」

 ラトゥーニはどうやらかなりの人見知りのようで、隆聖たちが来た後からずっと二階にある自分の部屋に篭っている。
 しかしそろそろバーベキューは始まるし、降りて来ないと食べ物がなくなってしまう。
 ジャーダの了承を得た隆盛は家の中に入ってトイレで用を済ませた後二階に上がり、「ラトゥーニ」の札を貼られているドアを叩いた。

 「お姉様?」

 しばらくして、ドアの向こうから小さな物音とラトゥーニの声が響いた。