IS バニシングトルーパー 037
そしてそれを受け取ったクリスは封筒を丁重にスーツの裏ポケットに仕舞ったあと、再び愁の顔を見上げた。
「これからはどうする?」
「ちょっとした里帰りするつもりです。ですから、あなたとこうして話すのも、多分これで最後でしょう」
「そうか。なら今のうちに言っておく。名前をくれたことは……感謝しています」
「……ただの気まぐれですよ。あなたのその愚直なまでの意地だけで、一体どこまで歩けるか、興味が湧いただけのことです」
やや複雑な目で、愁はクリスの瞳を見据えた。
この少年は、自分と似ている部分がある。しかし呪縛から解放されたいと願う自分と違って、この少年は関係ないはずだった枷を自ら背負い込む。
それはただの義理か、それとも居場所を失うのが怖いだけか。
「容赦ないね。まあ、敵対にならないことだけは祈るよ」
「そうですね」
クリスが差し出した手を愁は握り、二人は最後の握手を交わした。そして手を離した後、クリスは視線を愁の隣に居るウサミミ女に移った。
篠ノ之束博士。この世界にISという存在をもたらした天才学者であり、箒の実の姉。
知性的にメガネをかけて、『少し頭を冷やしてやろうか!』と叫びながら灰皿を投げてくるような白い悪魔を想像していたが、まさかこんな子供みたいなことをする女だったとは。
「篠ノ之博士」
束に向き合って、クリスはできるだけ穏やかな声で彼女を呼んだ。
しかし束本人はまったく反応することなく、ただ愁の腕に抱きついて、目を瞑ったまま嬉しそうに微笑む。
「無駄ですよ。彼女は興味のある人間しか認識できません」
束とクリスの顔を交差して見た後、愁はクリスに忠告した。
篠ノ之束という女は、極端に自閉的な人間である。基本的に家族と織斑家の人間以外を人間として認識できない。
研究における最大のライバルでなければ、愁のことも認識できなかったのだろう。
「……なんて厄介な人だ」
「私も同意見です」
束の腕をほどいて、やれやれと肩を竦めながら愁は彼女をクリスの前に押し出す。そして訳が分からん顔で、束はクリスの顔を一瞥した後、すぐ逸らした。
いつかは訪れる脅威と対抗するために、高性能な機動兵器は必要だった。彼女本人の真意はどうあれ、結果的にはこれでよかったのかもしれない。
しかし勝手なことをして世界を掻き回した挙句に行方をくらます。この女の無責任な行動のせいで、箒は孤独で苦痛な時間を過ごしてきた。
本来なら、もっと明るくて素直な子になっていたはずなのに。
他人の家庭事情に踏み込みすぎるのはよくないと思っても、箒の友人としては一言を言ってやりたかった。
ちょっとはイラつきながらも、クリスは落ち着いた口調で彼女に話しかけた。
「今の箒には俺達がいる。彼女の立場を悪くするようなことは……もうしないでください」
言いたいことを言い終えて、クリスは彼女の顔から視線を逸らした。
所詮は一方的に言葉を喋るだけの自己満足、相手は反応などしてくれなくても構わない。
「では、俺はこれで失礼するよ。白河博士も早く篠ノ之博士を連れて行ってください。彼女を見逃すのは、これで最初で最後です」
目を上げて愁と向き直して、クリスは彼に一礼した後、屋上を後にした。
*
アイルソン基地の人達がグランゾンの力に驚嘆する頃に、日本はまた日が昇っていない時間帯にあった。
しんと静まり返って物音一つしない夜空の下、IS学園生徒寮の一室から、僅かな話し声が廊下に漏れてくる。
薄暗い部屋の中、四つの人影(オトメ)がベッドの上に環になって座っていた。
「はぁ~眠いなう」
普段のツインテールからロングストレートに下ろした髪の毛を掻きながら、欠伸をする小柄の人影は気だるげに呟く。
「くっ、今頃あの二人は……!」
窓の外に淡く輝く月を見上げて、金色ロングヘアの人影が長いため息をついた。
「しっかりしたまえ、中国代表、イギリス代表。しかしこんな時間に呼び出しとは、それほど急ぎの用件かね? ドイツ代表」
端正に正座をしている、長い黒髪を適当にポニーテールに纏め上げた人影は、自分と向き合っている小柄で銀髪の人影に厳粛な口調でそう問いかけた。
「そうだ。緊急事態が発生したのだよ。日本代表。まずはこれを見ろ」
日本代表に問われて、ドイツ代表と呼ばれた人影は背後から四方形の物体を取り出して、四人の真ん中に置いた。
「「「こ、これは!!」」」
ペンライトの照明でその物体の正体を確認した後、日本代表は中国、イギリス代表と一緒に小さな驚き声を上げた後直ぐに手で自分の口を塞いだ。
近所迷惑になるのはよくない。
自分を落ち着かせた後、日本代表はその物体へ手を伸ばした。
それは、一冊の薄い本だった。だがそれは知る人ぞ知る、ただの本ではない。
裸の美少年二人が、切なげな表情で体を密着させている表紙からして既にかなり過激。
「……ごくり」
生唾を飲み込んで、日本代表は震えている指で本を開いてページを捲った。すると視界に飛び込んだのは、さらに激しい攻め合い、ぶつかり合いだった。
「ここここここれは!!」
「うわ……あ、あそこに入れてる!」
「ふ、不潔ですわ!」
飛び散る体液、割れたガラス、破れた衣装、そして散っていくバラ。
青天の霹靂のようなカルチャーショックを受けながらも、眠気が一気に吹っ飛んだ代表達はドキドキしながら次々とページを捲っていく。
そして最後の一ページをじっくりと鑑賞し本を閉じた後、代表達はようやく我に帰った。気まずい空気の中、頬を真っ赤に染めた三人は視線を逸らした。
夜中で乙女四人集まって、思わずBL同人誌を鑑賞してしまったんだ。
「……コホン。ドイツ代表、詳しい説明を」
「分かった」
軽く咳払いして、日本代表は話題を戻してドイツ代表に説明を求めた。そしていかにも深刻そうな表情で、ドイツ代表は事の経緯を語り始めた。
「あれは数時間前に起きたことだった。昨晩の私は嫁が可愛いと評したフ○イ・イェンの格好で、いつも通り嫁の部屋に潜入したのだが……」
「いや、いつも通りってアンタ……ってかフェイ・イ○ンって何?」
「話の腰を折るな、中国代表。そんなの今はどうでもいい」
「……その時に我が嫁と織斑一夏は既に夢の中だった。私は嫁の布団の中へ突入して、あのまま一夜を明かすつもりだったが、その前に私は気付いたのだ。嫁は枕の下に、何かを隠してあるのを」
「それが……この本か?」
「そうだ。まさか嫁がこのような本を持っているとはショックだった。思わず部屋に持ち帰ったが、如何すればいいのかまったく分からん。それで皆に相談したくて、緊急の呼び出しをかけたのだ」
「なるほど。バカ隆聖が全然楠葉に手を出さないわけだわ。しかしこれが事実なら、一夏の身が危ない。国際条約第一条、頭部を破壊された者……じゃなくて、共通の障害は協力して排除する。この条約に則り、私たちも協力してあげるわよ」
作品名:IS バニシングトルーパー 037 作家名:こもも