IS バニシングトルーパー 037
「しかしなんてタイミングだ。新参者でありながら男に関して最も発言権の持つフランス代表と、顧問が不在している今、我々だけでは……!!」
空いている隣のベッドを眺めて、日本代表は深刻そうに唇を噛み締めた。
「諦めではダメだよ、日本代表! アタシたちが一夏の貞操を守らないと、一体誰が守るというの!」
まだあればって話だけど。
「中国代表……そうだな。フランス代表と顧問は明後日の午前十時に学園へ戻る。それまでに私達は状況がこれ以上悪化しないようにせねばな」
「ちょっとお待ちなさい。どうして日本代表は詳しい時間まで知ってますの?」
「顧問本人にメールで確認したが?」
「メールですって?!」
「……携帯持ってないなら購入しろ。番号とメアド知らないなら本人に聞け。とにかく話を進めるぞ。まずドイツ代表、この本は元の位置に戻しておきなさい」
「戻す、だと?」
「そうだ。そして何事もなかったように振舞え。顧問が戻り次第、もう一回会議を開いて具体的な対策を練る」
「消極的な気がするわね。正攻法はダメなのか」
「ここは慎重をとって、下手に伊達を刺激しない方が得策だ。昼は同クラスの中国代表、夜はドイツ代表が見張っていれば問題ない。あとはトイレと更衣室だが、時間に気を配れば大丈夫だと思う。他に意見は?」
「……日本代表の提案に賛同する」
「悔しいけど、今の我々の戦力ではこうするしかなさそうね」
「今回は私と関係のないことですが、条約に則り協力して差し上げましょう」
「宜しい。では今夜の会議はここまでだ」
日本代表の「解散」の一声で四人は静かにベッドから降りて、部屋の出口へ向かった。そして音を立てずにドアを開いた後、四人は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ違う方向へ別れて、暗い廊下の向こうへ消えた。
その姿はまさに、恋する乙女(アサシン)だった。
*
物語の舞台をアメリカに戻して、前へ30時間ほど飛ばす。
結局初日目の午前には色々とイレギュラーな事件が発生したが、午後からのイベントはスケジュール通りに行われた。無人機の襲撃も、一応グランゾンを宣伝するための演出として公表されることになった。
そして二日目の仕事が終わり、日が暮れた頃に、フェアバンクス市内でクリス達が泊まっているホテルの宴会場は楽しい雰囲気で満たされていた。
テーブルに盛られた大量の料理に、ゴブレットに注がれた飲み物。高級そうな服に身を包んで談笑する人たちの間に、ウェイターが無駄のない動きで歩き回る。
これはイベントに出席した人間が自由に参加できる、情報交換を兼ねた食事会である。
「カーウァイ大佐、中々豪快な飲みっぷりですな」
「ほう……レーツェル少佐は、お料理がご趣味ですか」
「今度はぜひ奥さんと娘さんを連れて、我が祖国に遊びにいらしてください。最高のお持て成しをさせて頂きますわ、開少佐」
「お顔色が優れないようですが、大丈夫ですか? ゼンガー少佐」
ガラスコップに注がれた老酒を豪快に飲み干すカーウァイ、料理の味を細かく評価しているレーツェル、他人と世間話をしている開、気分悪そうな顔で壁に寄り掛かったまま動かないゼンガー。
そして彼らを囲んで、積極的に話をかける各国政府の代表者達。
さっさと国に帰って会議を開きたいのは確かだが、教導隊のメンバー達と直接話せるこのチャンスを見逃すわけにはいかない。同じことを考えている代表たちは、四人の男に露骨なアプローチをかけてくる。
「貴社のあの新型、グランゾンと言う名称でしたね。いやはや参りましたよ、イングラム社長」
「ブライアン事務総長も人が悪い。こんな素晴らしい計画があったのなら、一言先に言って欲しかったな」
同時に、イングラムとブライアンもかなりの人数に囲まれている。
この軽い雰囲気に乗じて、グランゾンに関する情報の一つや二つを聞き出そうとする人間や、教導隊の運用に関して個人的な約束をして欲しい人間も少なくない。
無論、あの二人にそんな手が通用するはずもない。
「やれやれ。これだから大人ってやつは」
賑やかさの中心地から少し離れた所で、クリスはブライアンとイングラムを注目しながら、皿に盛り込んだ肉料理の山を早いベースで平らげていく。
「もう~料理はよく嚙んでから飲み込まないとダメだよ?」
「この二日はブライアン事務総長と一緒に歩き回ってたから、お腹が減ってるんだよ」
ジュースを一気に喉へ流し込んで、クリスは隣に立っているレディースーツ姿のシャルに返事を返した。
二日目ならシャルと一緒にいられると思っていたのに、結局ブライアンに付き合って基地内を歩き回ることになった。
その間に、シャルはオオミヤ博士と一緒にアルブレードの操作を見事にこなし、仕事を無事に完成させたようだ。
「んで、アルブレードを実際に操作した感想は?」
「うん……いい機体だと思うよ。ちょっと軽いって感じがするけど、ラファール・リヴァイヴよりずっとパワーがあるし、機動性も悪くない」
「まあ、R-1と同レベルの出力を保ったまま製造コストを抑えたのだから、装甲がちょっと軽いのは仕方ないよ。でも装甲と火器の追加は簡単にできるぞ」
実際にアルブレードを操作したシャルの感想に、クリスは適当に補充した。
この二日でもっとも注目されていた量産機は、カーウァイ大佐が使用した量産型ゲシュペンストMK-II改と、ハースタル機関の最新製品であるアルブレードだった。
アルブレードのパーツをIS学園に寄付の話も大体決まったようで、近いうちに学園に運び込まれるのだろう。
「まあ、仕事の話はひとまずさて置くとして、温泉にいく準備はできた?」
「着替えなら、バッグに詰め込んでおいたよ」
「ならいい。ブライアン事務総長が帰ったら俺たちも退場しよう」
あと二時間くらい経ったら、ブライアンは多分自分の部屋に戻るだろう。その後にシャルを連れて予約した温泉リゾートにいく予定になっている。
この時間帯だとバスはまだあるでしょうけど、さすがに面倒くさいからスタッフの誰かから車を借りよう。
免許はないけど、運転の腕に自信がある。
「わお~ここに居たわね、お二人」
「こんばんわ、クリス君、シャルロットさん」
一応腹の虫を鎮めた後、壁際に体重を預けて雑談している所、クリスとシャルは二人の女性から声をかけられた。
フリルがたくさんついた黒くて可愛いドレスを着た高倉つぐみと、かなりセクシーな大人っぽい赤いドレスを着たエクセレンだった。
この二日にシャルはよくこの二人と顔を合わせるが、歩き回っていたクリスとはまだ会話する機会がなかった。
「こんばんわ、高倉チーフ、エクセレンさん」
「よっ、久しぶりだな。エクセレンさん、つぐみちゃん!」
「ちゃん付けは止めなさいよ。年下のくせに~!」
「はいはい」
高倉つぐみとは一年程度の付き合いだが、いまひとつ年上のお姉さんって感じがしないから、クリスは親しみをこめてちゃん付けで彼女を呼んでいる。
作品名:IS バニシングトルーパー 037 作家名:こもも