IS バニシングトルーパー 038-039
――ISを纏ったところで、所詮は三流は三流だな。心構えがまるでなっていない。
サイドミラーに映っている蜘蛛の様な形をしているISを一瞥して、若い男はまるで相手を見なくてもその思考を完全に読み取れているように、迷いのない器用なハンドル捌きで攻撃を次々と対応し、車でISの連続射撃から潜り抜ける神業を披露していく。
「送迎最速理論は伊達じゃない!!」
車では回避能力に限界があるし、反撃の手段も一切持たない。しかし若い男はまったく焦らずに、どこかで聞いたことがあるような運転理論の名を叫びながら、してやったりとばかりに嬉しそうに笑う。
あれは、自分の勝利を確信した笑顔だった。
『……相変わらず、見ていて惚れ惚れするほどの腕前だな。怜次』
「少佐!!」
爆炎から走り抜けていく中、前方の道端に佇んでいる、黒いコートを着て髪で顔の半分を隠している男の姿が視界に入ったのと同時に、車に積んである通信装置から聞きなれた声が車内に響く。
「無事だな?」
目の前を通って行った部下と保護対象の安否を確かめながら、少佐と呼ばれた男は空を舞っている蜘蛛のような形をしているISを見上げた。
随分前に、亡国機業がアメリカから奪ったIS「アラクネ」だった。まさかこんな所に居るとは。
「はい。博士も自分も、傷一つありません」
「よくやった。後は任せろ」
「了解!」
「……さて、では始めるとするか。メインターム、アクセス。モード、アクティブ!」
部下は保護対象を合流地点まで護衛する任務を果たしてくれた。ならば後ろを追ってくる敵ISを追い払うのは、遅れてきた自分の仕事だ。
左腕の時計を口元に近づけて、彼は落ち着いた声で相棒の名を叫んだ。
「コール・ゲシュペンスト!!」
*
一方、夜空で飛翔している黒と黄色という禍々しい塗装をしているIS、「アラクネ」の操縦者は、唇を噛み締めて苛々とした表情をしていた。
任務は逃亡者の始末だが、車相手に何発を撃っても全然当らない。
何なんだ、あの車。運転手がニュ○タイプだとでも言うのか。
だがいい加減、追いかけっこも飽きてきた頃だ。そろそろ楽にしてやるよ。
加速して車に近づいて、アラクネは八本の脚を展開した。
月の光を反射して、その先にある鋭い刃が光る。
――さて、切り刻んでやろう!!
バシューン!!
「砲撃だとっ?!」
突如にアラクネのAIアラームが鳴り出し、高エネルギー反応が探知されたのを知らされる。
後方の暗闇から迫ってくる一筋の野太いビーム砲撃に、アラクネはすぐ高度を上げて回避行動をとり、そしてブレーキをかけて振り返って砲撃した相手の姿を見定める。
こんな山奥に、一体何が来たというのだ。
――いや、何が来たっていい。八つ裂きにするまでだ。
そんな残忍な考えを覗かせるような笑みを浮べ、アラクネのパイロットは砲撃が来た方向へ視線を向けて、光学センサーの感度を上げる。
だがその敵の姿を確認した瞬間、アラクネのパイロットは息を飲み込んで目を丸くし、思わず鳥肌が立ったのだった。
「……何なんだ、あれは?!」
――異常だ、あれは。
砲撃がくるまで、レーダーはまったく反応しなかったのはともかく、現に今でもセンサーは何も探知できていない。
なのに相手の姿は、はっきりと瞳に映しこんでいる。
パイロットの生身部分をまったく晒し出さない、黒地に黄色のラインが走る全身装甲(フルスキン)に、赤いゴーグル状センサー。そしてウサミミのような、二本のブレードアンテナ。
淡く光る月を背に、その機体は身の丈はあろうかという長さを持つ大型ビーム砲を構えて、こっちを狙っている。
しかし、ハイパーセンサーがまったく捕捉できないってどういうことだ。
幻覚ではないかと、自分の目を疑いたくなる。
不気味すぎる。本当にISなのか?
それとも相手は闇に溶け込んで、夜空に彷徨う幽霊(ゴースト)だとでもいうのか?
「悪いが、少し違うな」
パワーアップを遂げた愛機であるゲシュペンスト・タイプRVで身を包み、不敵な笑みを浮かべた男――ギリアム・イェーガーはアラクネを照準の真ん中に入れて、迷わずに引き金を引いた。
「亡霊(ゲシュペンスト)の力、見るがいい!」
バシューン!!
タイプRVのメインウェポンであるメガバスターキャノンから、超長砲身によって加速されたビームの激流が再び迸り、敵を焼き尽くそうとアラクネへ襲い掛かる。
当然、アラクネは高度を上げて回避することを選んだ。
こっちは向こうの射程距離外だし、この武器の直撃を食らったらただでは済まん。
正しい判断だ。が、その回避機動は甘いぞ。
予知するまでのない程にな。
素早くレバーを引いて新しい弾丸を装填し、ギリアムはもう一度砲口をアラクネに向けて狙い撃った。
「受けろ! メガバスターキャノン!」
「しまった!!」
夜空に出現した灼熱する光条は一瞬で標的までの距離を駆け抜け、アラクネに直撃した。自動に作動したアラクネのエネルギーシールドで致命傷を避けられたものの、砲撃の衝撃はバーニアを全開にしても体勢を保てないほど猛烈なものだった。
高い熱量と破壊力を帯びた粒子ビームの光の中、視野が白くぼやけ、息が詰まり、恐怖という感情がアラクネのパイロットの体内に駆け巡る。
メガバスターキャノンという武器は、大量のエネルギーを限界まで圧縮した弾丸を積め込んだカートリッジを使ってビームを発射するため、ジェネレータに負担をかけない上に、砲身の冷却限界の範囲内では、連射も可能である。
やがてその激烈なプラズマ渦流と灼熱な奔流を凌げた後、アラクネのパイロットは体勢を整えながら機体状況をチェックすると、そこに示されたデータにパイロットは驚愕する。
「ば、莫迦な! たった一撃でエネルギーシールドの半分以上が持って行かれた?」
それはつまり、これ以上を喰らったら命の安全すら危うい可能性も出てくる、ということを意味する。この事実は、彼女の心の中にある恐怖心をさらに煽ぎ立てる。
だがそんなことより、もっと恐ろしい事実を彼女はすぐに気付いた。
「……どこに行った?」
相手を、見失ってしまった。
さっきまで視界にいたはずゲシュペンスト・タイプRVは、既に何処にもいない。
消えた?
まさか、本当に亡霊か幻覚だったのか?
いや、あり得ない。現に機体がダメージを負っているのだ。
なんて恐ろしいステルス性能。
相手を攻撃するには、まずターゲットをロックオンして、武器の照準を合わせるのが基本。だがAIが標的として認識できないものはロックオンできない。
それでも攻撃するなら、マニュアル操作で照準するしかない。
だが相手を見失ったら、照準のしようすらない。
丁度この時に、まるでこのタイミングを狙ったかのように黒い雲が月の光を遮り、辺りが一段暗くなった。
アラクネの八本の脚を曲げて標的の姿を探しながらハイパーセンサーの探知度を最大レベルにして、アラクネのパイロットの額を脂汗が伝わっていく。
どこだ。
どこに隠れた。
次の攻撃はどこから来る。
作品名:IS バニシングトルーパー 038-039 作家名:こもも