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IS  バニシングトルーパー 038-039

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 「わたくしとしては、さっさと棄権して頂けると助かりますけれどね」
 「お前ら、変に盛り上がるなよ……」
 その上から目線を真っ直ぐに受け止め、セシリアも引き締った表情でシャルと睨みあう。
 二人の間に、電光と火花が飛び散り、周囲は一気に緊張した空気に包み込まれた。戦場のド真ん中にいるクリスとしては、やり辛くてこの上ない。
 セシリアの気持ちは嬉しい。正直に言うとセシリアのこともそれなりに好きだ。しかし二股はさすがヤバイと思うし、シャルを不安にさせるようなことはしたくない。まあ、これから自分の態度を注意すれば、セシリアとの関係も自然に落ち着くのだろう。
 しかし詰んだな、今のこの場面は。こういう時は現実逃避に限る。
 携帯を出して、ネットにダイブするのだ。他の女子から雑誌を借りて、適当に捲るのだ。

 こうして生徒たちが騒いでいくうちに、皆を乗せたバスは、次々と発進していく。
 しかしよかったな、バスはクラス別で。レオナにこの場面を見られたら、また変質者を見るような視線を浴びてしまう。

 ――そうそう。その汚らわしいものをみるような、凍りつくほどの冷たい目付きだ。
 「……あっ」
 ゆっくりと自分が乗っているバスの横を通っていく、四組のバスの中に座っているレオナと窓ガラス越しに目が合い、その汚いものを見下すような視線に、クリスは一瞬で硬化した。
 シャルを抱き締めてるのを見られただけなら、多分何も言われないが、セシリアにも抱きつかれているからな。
 レオナは妙にシャルの肩を持つところがあるから、あとでまた何かを説教されてしまう。
 踏まれるのよりはマシだが。

 「まったく貴様ら……恋愛禁止とは言わんが、恥じらいと節度を持って」
 そんな時に三人の耳に響いたのは、凛とした成人女性の声の厳しい一言だった。
 顔を上げると、手を腰に当てて何だその小型高性能ハーレムはといわんばかりの表情でこっちを見下ろしている、黒いスーツを着こなしたすらっとした長身の担任先生の姿が目に映った。
 恐怖の代名詞である彼女の出現に、セシリアとシャルは一瞬で戦意を失い、心に戦慄が走り押し黙った。
 しかし彼女の鋭い視線を真っ直ぐに受け止めたクリスは、席の手すりに頬杖ついて愉快な笑みを薄く浮かべた。
 
 「ときに織斑先生。例の約束は……覚えてますね?」 
 「あっ……あれについてはすまない。持って来るのが忘れた」
 まったくもって一片たりとも申し訳なさそうに見えない表情で、千冬は棒読みのようにクリスへの詫び言葉を口にした。
 そして三文芝居みないな演技で残念そうに肩を竦めた後、甘かったなこのガキめ、という視線を送る。
 「しかしバスはもう発進したし、取りに戻りたくても戻れないな。いやはや、本当に申し訳ない」

 「チッ」
 軽く舌打して、クリスは悔しげに口元を歪めて担任先生と睨みあう。
 白々しいぞ、織斑千冬。
 俺が一対四で勝ったら、あのV字水着を着てくれるって約束だぞ。いまさらそんな下手の言い訳で誤魔化す気か。
 どうせ最初から約束を守る気ないだろう。
 だが甘い。イチゴタルト並みに甘いぞ、織斑千冬よ。
 貴様ら大人、とくに君みたいな直球タイプのやり口は、とっくにお見通しなのさ。
 そもそも注目を浴びているこっちを注意しにきた時点で、君の敗北だよ。

 「「……?」」
 詳しい事情も知らずに、クリスの腕の中に居るシャル、隣のセシリア、そして一夏、鈴や他の生徒たちは皆、好奇的な視線を睨み合っているクリスと千冬に送る。
 よし、仕掛けるときだ。
 剣幕の中、クリスは唇を動かす。

 「先生……そもそも約束を守る気なかったでしょう。教育者としてそれはどうなのさ」
 わざとこっちを見ている全員が聞こえるくらい大きな声で、クリスはそう言った。
 もちろん、彼女の油断を誘うために、表情は悔しげのまま。

 「そんなことはないぞ。一度交わした約束を私はちゃんと守る。ただ忘れただけだ」
 「つまり、本当は俺がプレゼントしたあの水着を着る気がありました、と?」
 「もちろん。でも忘れたものは仕方ないさ」
 「そうですか……実に残念です」
 「ああ、私もそう思う。せっかくの教え子からのプレゼントだからな」
 口元に不敵な笑みを刻み、千冬は耳にかかった髪の毛をいじりながら恍けたセリフを言って、背を向けた。
 するとクリスたちの後ろの席から、一人の女子が手を上げて発言する。

 「くりんは織斑先生に水着をプレゼントしたの?」
 眠そうな半開きの目、子供みたいなちょっと丸い顔、そして身の丈に合わない大きめな制服。
 セミロングの髪を左右両方に結った小さなツインテールを感情と連動して上下しながら質問してくるのは、のほほんさんこと布仏本音だった。
 ナイス援護射撃だ、本音。あとで餌をやるよ。

 「ああ、あれはこの前、アメリカで会った昔の知り合いから頂いた水着でね。織斑先生なら完璧に着こなしてくれると思って、プレゼントしたのに。実に残念だ」
 「どんな水着?」
 「黒地に赤と金のライン入りのV字水着だが……」
 「V字だとっあた!!」
 V字に反応した男子生徒約一名がいたが、急に立ち上がって頭がぶつかってそのまま沈んだ。
 自滅した馬鹿者を無視したクリスは自分の鞄の開いて、中から水着ハンカーを出してその上にかけてある黒いV字水着を皆に見せた。

 「ドイツ軍事名門のブランシュタイン家専用だから、胸元に家紋が入っているのがポイント。あと腹部の布地にはデザイナーの直筆サインがある。ほら、ここ。“Elzam・Von・Branstein”って書いてあるだろう?」
 「おお~本当だ……」

 「なにっ!!?」
 背後に異常事態を起きたことに気付き、千冬は慌てて振り返る。
 そして彼女の視界に飛び込んだのは、悪戯のような笑顔でその忌わしき、箪笥の奥に仕舞い込んだはずの、見ているだけで恥ずかしくなるようなV字水着(トロンベ)を差し出してくる問題生徒の姿だった。

 「いや、こんなこともあろうかと、予め二着をもらって来ました。今度こそ大事にしてくださいよ。織斑先生♪」
 「き、貴様……謀ったな!!」
 「あはは。そんな怖い顔しないでくださいよ。先生は生徒の手本になる教育者でしょう? 教え子の気持ちを無駄にしないでしょう? 約束を守る立派な大人でしょう?」
 「くっ……!!」
 怒りで震えるくちびるを動かし、千冬は拳を握り締めて、殺意の篭った声を漏らす。
 生徒全員の前で約束して欲しくて、あんな演技をしたのか。
 このガキめ。担任教師をはめるとはいい度胸だ。
 しかしどうする? 全員の前でこいつを力ずくで捻じ伏せ八つ裂きにして、見せしめにするか?
 いや。それでは、私は約束も守らない教師になってしまうぞ。
 だが、その水着は恥ずかしいすぎるだろう。

 「そんなに複雑に考えなくてもいいじゃないですか。せっかくの海だし、大人としての魅力を見せてくださいよ。皆だって見たいでしょう?」
 そう言いながらクリスは振り返って、他の生徒達の同意を求めた。
 すると女子達は一斉に「千冬さまのセクシーな水着姿が見たい」との声を、黄色い悲鳴と共に上げた。