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IS  バニシングトルーパー 038-039

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 おい、そこで一番大きな声をだしている副担任、自重しろよ。
 愛おしい千冬(じょおう)様のダークネスフィンガーが唸ってるぞ?

 「……ふんっ!!」
 生徒達の総意を前にして、不機嫌そうに眉を顰めながらも頬を僅かに赤く染め、千冬は乱暴にクリスから水着を受け取り、すぐ自分の席に戻って座り込んだ。
 そしてすぐさまに、八つ当たりの対象にされた真耶が低い悲鳴を上げていく。
 いや、あれは悲鳴というより、喘ぎ声?
 山田先生アンタあのお仕置きを楽しんでないか?
 ともあれ、これで海での楽しみが一つ増えたな。

 再び席に座り、クリスはネットダイブを再開しようとポケットから携帯を出すと、すぐに手を押さえられ、服の胸倉が掴まれた。
 鬼面相で迫り来る美少女二人――シャルとセシリアの顔がクリスの目に映る。
 私たちがいるのに、何ほかの女にセクハラしてんだ、という非難的な表情だ。

 「いやほら、目の保養って、多い方がいいでしょう?」
 「クリスに見て欲しくて新しい水着を買ったのに。それに言ってくれれば、私V字だって……」
 「わたくしのビキニだけでは物足りないと仰るのですか!?」
 目を逸らして窓の外を眺め、クリスは乾いた笑い声を漏らしながら言い訳しても、そんな適当な言葉に少女二人が耳を貸す訳もなく、ただ彼を批判する。
 自分だけを見て欲しくて色々と頑張ってるのに、肝心の彼は大人の色気に現を抜かしていては、怒るなと言う方が無茶な話だ。
 しばらくしてようやく二人をあやし終えた後、クリスはやっと一息つくチャンスを得た。

 「ねえ、クリス」
 「うん? どうした、鈴」
 そんな時に、前の席のヘッドレストの上から、ツインテールの活発少女が顔を出して、クリスに話しかけた。

 「アンタさ、この間ネージュ・ハウゼン本人に会ったって言ったじゃない?」
 「ああ、本当に会ったよ、パーティーで」
 アメリカのパーティーで出会ったあの豪快な女性を思い出しながら、クリスは鈴に返事した。
 ネージュからサイン入りCDを貰った時は、せっかくなので鈴宛にサインしてもらって、鈴へのお土産にした。

 「仲がいいの?」
 「普通……かな? 初対面だし。でも結構気さくな人だったな。会いたい?」
 「えっ?! 紹介してくれんの?」
 「まあ、これくらいなら別にいいけど。本人はリクセント公国にいるから、夏休みに観光しに行けばいいんじゃないか? その時に紹介してやるから」
 「うん! 絶対行く!! 今決めた!!」
 どうやら鈴はかなりネージュの歌が好きのようで、紹介してやると言ったら直ぐにパッと顔を輝かせて、嬉しそうに八重歯を見せて笑った。
 しかし夏休みと言っても仕事がなくなるわけじゃない。おそらく八月の頭の話になるな。
 あとで一夏や箒、隆聖たちも誘ってみよう。それで織斑先生か山田先生に引率してもらえば問題ない。
 リクセント公国か。夏休みに友達と国外旅行なんて、俺も随分と学生らしくなってきたな。
 そんな奇妙な感慨に浸っている内に、僅かな潮風の匂いがクリスの鼻に突いてきた。

 ――ああ、海が見えた。
 膝の上にいるシャルと隣のセシリア、そしてほかの生徒達も一斉に窓の外へ目を向け、小さな歓声を上げた。
 七月の日差しに照らされている海はどこまでも青い。北の海の深い藍色ではなく、南の海特有の気持ちのいい薄群青だった。
 寄せては返す波の音が遠くに響き、生徒達を心踊らせる。
 臨海学校現場の到着であった。


 *

 目的地である一年生たちがの下宿する旅館に到着したのは、午前十一時前後だった、
 生徒達はバスから降りて旅館に入り、女将と挨拶して各自に分け与えられた部屋に荷物を下ろした後、すぐに砂浜にいく準備を始めた。
 正式の活動予定は明日からなので、午後は自由時間になっている。海岸が目の前にあるのに、旅館でグズグズしている生徒などいない。
 適当にお菓子をお腹に入れ、タオルやドリンクをバックに詰め、そして新しく買った水着に着替える。
 しかし女の子というものは、常に一つの行動に対して大量の時間をかけなければ気が済まない生き物である。故に、クリス、一夏そして隆聖の男子三名だけは一歩先に砂浜に行って、自分たちのグループのビーチパラソルとレジャーシートの設置をしていた。
 そしてあっと言う間に作業が終わり、男子三名はシートに上の腰を下ろして、海を眺めながら女性陣の出現を待つ。
 先に男三人だけで海の中に飛び込んで、水を掛け合って戯れるなんて発想は、誰も口にしない。想像するだけで嫌な気分になるから口にしない。

 「隆聖、ちょっと背中を塗るのを手伝ってくれ」
 「いいぜ。後で交代な」
 いつまで経っても女の子たちは出てこないので、暇を持て余してサンオイルを塗り始めたクリスの協力要請に、隆聖はすぐに応じて彼の背中にサンオイルを塗り始めた。
 
 「隆聖ってさ、なんか手付きが凄く慣れてるな」
 「まあ……楠葉の背中にサンオイルを塗る歴七年は伊達じゃないというか、なんというか」
 バツの悪そうな笑顔を見せ、隆聖はさらに両手を摩擦してサンオイル暖めて、クリスの硬い背中に塗りつける。
 そんな二人の側で、一夏は適当に自分の腕にサンオイルを塗って、何か言いたそうな顔でクリスの見て、でも結局何も言わずにサンオイル塗りを再開して、そしてそれを繰り返す。

 「んで、結局何が言いたいんだ?」
 やがて隆聖の背中を塗り終えたクリスはサングラスをかけてシートの上に寝転がり、浮かない顔をしている一夏に声をかけた。

 「あっ、いや。俺は別に……」
 「何だ? 姉が着たくもないV字を着るのが気に入らないのか?」
 「……」
 目を伏せて僅かに沈黙した後、一夏は目を逸らした。
 黙認のつもりか。

 「いや、違うな。お前も本当は見たい。しかし俺や隆聖に見られるのが気に入らないだけ。でなければ、口に出すのを躊躇わないはずだ」
 「……」
 クリスの言葉の続きを聞いた一夏は、心が読まれたかと驚き、彼の目を見る。
 サングラスのレンズの向こうに隠されている彼の瞳を見えない。が、その口元から僅かに愉快に近いな感情を読み取ることが出来た。

 「……自分は弟だ、姉に過多の干渉をすべきではない。そんな尤もらしい理由で姉への口出しをやめた。本当は見たい、けれど独占したい。このまま何も言わないのも釈然としないし、適当なことに言ったところで俺達は納得しないから言い出せない、と言ったところか。難儀だな、シスコンって」
 「お、俺は……」
 「けどな、そもそもお前は自分がシスコンだということを口に出して言える勇気があるのか?」
 「ゆう、き?」
 「そうだよ。好きなものを好きだと声に出して言う勇気。それすらない様なら、これから口出しは一切しないでもらおう」
 まるで興味を無くしたように、クリスは一夏から顔を逸らして背を向けた。
 そして、わざとらしい口調で独り言のように呟く。

 「ああ~そろそろ皆が来るな。……今なら、海に向かって何を叫んでも誰も聞こえないけど」
 「……くっ!!」
 両手を拳にして握り締め、一夏はまるで何かを決意したかのような表情で勢いよく立ち上がり、