IS バニシングトルーパー 042
stage-42 戦火の開端
IS(インフィニット・ストラトス)という、強力な機動兵器(パワードスーツ)が篠ノ之束博士によってこの世界に齎されてから、まだ十年の時間がしか経っていない。
けれどこの一世紀の十分の一という短い時間で、人類の軍事技術は暴走とも言えるほどの大進化を遂げてしまった。
反重力デバイス、慣性制御システム、ビーム兵器運用関連システム、脳波操縦装置、エネルギーシールド発生装置、そしてそれらに十分な動力を提供するジェネレータ等々の実現化。
必要な部品を全部三メートル前後というサイズに纏める小型化技術。
さらに、パイロットの意志一つでそれら全てをアクセサリー一つに変換する、“量子収納”というとんでもないテクノロジー。
かのリアルロボットアニメの代表と言われていた、20メートル前後のロボットが必死に軽量化して、大量のバーニアによって生じた莫大な推進力で何とか滞空できるという設定は、今じゃ笑い話。
まあ需要があるから、ロボットアニメ自体は絶滅しない。
そもそも、合理性の上に非合理的な部分と男のロマンを乗せたのが、スーパーロボットというもの。
しかしこの軍事技術の進化の原因は一体、何だ?
なぜ、そんなものの開発や操縦者の養成に、予算を注ぎ込まねばならん。
なぜ、他国より研究が遅れることを恐れねばならん。
そこに未知の研究領域があるから?
軍事力を高める義務があるから?
違うな。原因はもっと根本的なところにある。
「答えは……みんなは銃を握っていないと落ち着けないから、でしてよ」
暗い広間の中、中央通路の金属製手すりに体重を預け、ウェーブのかかった桃色の髪をしている女性がコーヒーを片手に、気だるげに口の端を僅かに吊り上げた。
知性的な雰囲気を漂う白衣に、個性的な形をしているサークレット。
レモン・ブロウニングと名乗っていた女性だった。
「必死に牙を磨かないと淘汰される。この生存の基本が闘争を招き、さらに進化を促すことで、世界を正しい未来へ導くのだ」
通路の入り口に現れた、白いジャケットを羽織った赤髪の男――アクセル・アルマーはそんな風に、彼女の話題を続けた。
そして入り口からレモンの隣まで歩き、手すりに手をかけてその左右にある、人間一人を余裕に収納できるほど大きな円柱型水槽を眺めながら、アクセルはもう一度口を開いた。
「だから、我々の成そうとしていることは正しい。これがな」
「あら、珍しくセンチメンタルね。アクセルあなた、乙女座だったっけ?」
肯定的な口調をしているアクセルの横顔から、長年間恋人同士の関係を維持してきたレモンは、感傷に近いものを読み取れてしまった。
「さあな……そもそも俺は自分の誕生日を知らん」
「そうだったわね」
アクセルから目を逸らし、レモンは熱いコーヒーを啜った。
物心がついた頃から戦場で生きてきたアクセルが自分の誕生日を知らなくても、別におかしくはない。
しかし戦場の残酷さを良く知るアクセルはさらなる戦争を望み、世界を巻き込むほどの大戦争で人類を導こうとする夢に尽力するのは、なぜかしらね。
彼は純粋すぎる故に、やや不可解だ。
「んで、俺をこの地下研究室に呼び出して、何の用だ。アークゲインの最終チェックがあるから、手短にな」
「……やはり、今回の作戦は出るつもり?」
「当然だ。あの女がどういう意図で情報をリークしてきたかは知らんが、遠慮する理由はない。異星人の連中もやる気だぞ」
「意図、ね……彼女、本当は世界を自分の遊び場としか思ってないんじゃないかしら」
「だとしたら不愉快だな。才能がある分だけ、余計に」
「同意するわ。けれど混沌を齎してくれるのなら、好都合ね。今回の作戦も、W17も連れて行きなさい」
顔を上げて、レモンは上に“No.17”という札を貼られている、空の水槽に視線を向けた。
するとアクセルは、かなりうっとおしげな表情を浮かべて、レモンを目尻に舌打をした。
「お前もかよ。さっきあのババァに、ブロンゾ27を連れて行けって頼まれたばかりだぞ。これじゃヒューストン基地の時と同じじゃねえか」
「あなたがあの子たちをよく思っていないのは分かっているわ。けれど、だからこそ私はあの子たちに学んで欲しい。戦場で、人と触れ合うことでね」
「プログラミングされた人形(マリオネット)の心に、何を求める。マッドサイエンティストめ」
「褒め言葉として、受け取っておくわ」
不満げなアクセルに首を傾げて、薄くて艶やかな笑みを見せた後、レモンは手すりから離れて、“No.24”――-第二十四番の水槽の前まで歩き、立ち止った。
水槽の中で、二十代の女性一人が海水のような青い液体に浸っていた。
腰まで伸びた黒いストレートロング、凛とした顔立ち、そして綺麗な長身スタイル。糸一つ纏わぬその女性は目を瞑り、まるで眠っているかのように動かない。
暗い室内の水槽の中という環境と相俟って、美しくも中々不気味に見えた。
「……また新作か」
レモンの背後に立ったアクセルはその水槽を見上げながら、腕を組んで小さなため息をついた。
「この世界で最強の女性と言われている人物のデータを元に作った、W24よ。なぜか本部の連中は彼女のかなり細かい資料まで持っているわね。あっちもクローンとか作ろうとしたのかしら」
「……興味ないな、そんなこと」
「あら、それなら私としては安心ね。とにかく、我々にはもっと戦力が必要よ。この子なら、きっと、ね」
そう言いながら、手のひらを水槽に当てて水槽の中に居る女性を見上げたレモンは、まるで自分の子供を誇らしく自慢する母親のような顔をしていた。
そんな彼女の背中を見て、これ以上議論しても意味がないと悟り、アクセルはもう一度ため息をついた。
「好きにしろ。俺は俺の任務を遂行するだけだ……これがな」
「あら、そう? じゃ、W17の件はお願いね。後、あなたも気をつけて。この間みたいにボロボロになって帰ってくるのは、もう勘弁して頂戴」
水槽から離れて振り返り、レモンは嬉しそうにアクセルに微笑みかけた。
するとアクセルはふんっと鼻を軽く鳴らし、踵を返して出口へ歩き出した。
「……了解だ」
*
「どういうことですか、到着が遅れるって」
IS学園の夏休み前最後の学校行事である臨海学校の二日目の朝に、クリスは旅館の中庭で携帯電話に向かって不機嫌そうな声で話していた。
廊下を通過する生徒からの不思議そうな視線を浴びて、彼は庭の中で適当に歩きまわしながら、電話の向こうにいる相手との会話を続ける。
「R-2パワード? 勘弁してくださいよ……そんなの、今じゃなくてもいいじゃないですか。はぁ……はい、はい、もう分かりましたよ。では、なるべく早めにお願いしますよ」
長いため息をついて、クリスは電話を切って肩を深く落とした。
予定では今朝から始まる専用機持ちの非限定空間稼動実験で、高機動戦用パッケージ「AMガンナー」をテストするつもりだったが、朝にいきなり本社の輸送スタッフから「ちょっと予想外の寄り道したから一時間ほど遅れる」との連絡を受けた。
作品名:IS バニシングトルーパー 042 作家名:こもも