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IS  バニシングトルーパー 042

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 まあ、タイムスケジュールから考えれば、やや遅れたところで実験自体には十分間に合うし、ここで文句を言っても仕方がない。

 (ひとまず集合場所に行くか……)
 他の一年生は既に千冬と一緒に、旅館から遠く離れた集合場所へ向かっているし、あまり待たせてはまた怒られる。
 行動を決めたクリスは携帯をポケットに仕舞って、急いで旅館の中へ入った。

 *

 そして部屋に戻ってISスーツに着替えた後、慌てて集合場所である海辺まで駆けつけると、自分以外の一年生の専用機持ちは既に全員揃っていた。

 「貴様……重役出勤のつもりか?」
 案の定、鬼軍曹の千冬はジャージ姿で竹刀を持って待ち構えていた。
 森からのこのこと出てきたクリスの姿を見た途端に、パッと竹刀で地面に叩いて痛そうな音を響かせ、彼に怒鳴る。

 「さっさと行列に入れ!!」
 「はいっ!」
 千冬に言われて、クリスはさっさと専用機持ちたちの行列の末端に並んだ。
 シャル、セシリア、鈴、箒、レオナ、ラウラ、一夏、隆聖。いつもの面子だ。

 「って、あれ? 箒はなぜここに?」
 ナチュナルすぎて気付かなかったが、なぜか一人だけ専用機じゃない生徒――箒がこの場に居た。
 いつも専用機持ちのメンバーと一緒に居るからよく忘れられるが、箒は専用のISを持っていないから、本来ならこの場にいないはず。
 箒本人も、理由をよく理解していないようで、クリスに聞かれて、さあ~と肩を竦めて見せた。

 「静かに!」
 もう一度竹刀で地面を叩いて、千冬は軽く咳払いし、生徒たちに向かって説明を始める。

 「篠ノ之については、私が説明する。実は……」
 「ちぃぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
 千冬の言葉を遮るように、近くに騒がしい足音が響き、どこか聞いたことあるような女性の声が聞こえた。
 直後に、生徒達が立つ場所の後ろにある崖から、一つの黒影が駆け降りてきた。
 そして皆がその正体を見定める前に、この黒影は千冬目掛けて、その懐に飛び込んだ。

 「会いたかった、会いたかったよ! ちーちゃん!! さあ、愛を確かめ合い情を交わそう今すぐなうわあああ!!」
 「煩いぞ!!」
 よく見ると、突如に現れて千冬に抱きついたのは、一人の成人女性。マシンガンの如く言葉を連射して千冬の胸に顔を埋めるが、すぐに千冬のスタッグビートル・クラッシャーを喰らって、悲鳴を上げながら持ち上げられた。
 背を向けられても、その頭に付けているウサミミのアクセサリーと、その人を苛々させる喋り方で、クリスはすぐにその女性の名前を思い出した。

 「ウサミミ若作り駄乳……じゃなくて、篠ノ之束博士か」
 何をしに来た。嫌な予感しかしないな。
 クリスの独り言のような呟きを聞こえ、近くにいる生徒達は驚きの表情を浮かべた。
 篠ノ之束はISをこの世に齎した科学者であり、世界範囲の御尋ね者でもある。まさかこうも堂々と姿を晒すとは、誰も思わなかった。
 いや、よく考えたらここには親密な関連を持つ人間は三人も居るんだ。世界中を探しても、ここ以上に現れる可能性の高い場所はいないだろう。
 それを政府も理解しているからこそ、箒とその家族を監視していた。

 「ぐう~、ちーちゃんってば、相変わらず激しいんだから……やっ!」
 千冬の拘束から抜け出し、束は痛そうに頭を抱えながら箒の方に近づいてきて、自分の妹に手を上げて挨拶した。

 「……どうも」
 久しぶりの姉との対面だが、箒は明らかに余所余所しい。
 色々と複雑な思いをしているのだろう。無理もない。

 「えへへ~久しぶりだね。何年ぶりかな……大きくなったね、特におっぱい! ハァ……ハァ……ごくり。私の目測だと……っあか!!」
 「殴りますよ?!」
 体にフィットするISスーツの上から箒の胸を舐めるような視線で観察しながら、鼻息が荒くなる束の頭を、赤面した箒は愛用の日本刀の鞘で重く叩いた。
 またしても頭を痛そうに抱えて、束は苦しげに蹲って痛みに身悶える。

 「……チッ」
 「あれ、今の舌打ってどういう意味かな、クリス?」
 「まさか、篠ノ之さんのバストサイズを知りたいのですか?」
 「滅相もございません」
 人に聞こえないように舌打した次の瞬間に、クリスの頭にアサルトライフルとオクスタンライフルの銃口を突き付けられた。
 黒く微笑んでいるシャルとセシリアから目を逸らし、クリスはとりあえず否定した。

 「それで、今日は何の用?」
 「ふっふっふっ!! 良くぞ聞いてくれました!! 3! 2! 1!」
 箒に訊ねられ、まだ蹲っている束は両手を拳にして、なぜか得意げにカウントダウンを始めた。
 そして突如に勢いよく立ち上がり、両手を振り上げて空へ叫んだ。

 「宇宙キター!!!」

 ズドーンっ!!
 束の意味不明なセリフと共に、空からロケットのようなもの落ちてきて、激しい衝撃音と共に地面に突き刺さった。
 そして高い電子音に伴い、そのロケットのようなものの外部装甲がゆっくりと展開し、中身があらわになっていく。
 深紅な色をしている、武士の甲冑を連想させるIS一機が、そこにあった。

 「じゃじゃん!! これが私の自信作『紅椿』だよ!! 箒ちゃんに使ってもらおうと思って、持って来たんだ!!」
 自慢げにその豊満な胸を張って、束は箒にそう告げて、彼女の手を引いて「紅椿」の装着位置に座らせた。
 そして空間投影の操縦パネルを呼び出して、キーボードを叩いてこの機体のフィッティングを行い始めた。

 「さあ、今から設定を始めましょう!! 私が手製した正真正銘の第四世代IS、箒ちゃんならきっと使いこなしてくれるよね!!」
 「はっ、はい……」
 なぜか成り行きで姉から専用機を貰ってしまった箒は生半可な返事をしつつ、束の指示に従って機体の調整を進めていく。


 「あの女、また独り善がりのことを……」
 この一連のことを腕を組んで静かに傍観しながら、クリスは眉を顰めて複雑そうな表情を浮かべた。
 勝手にISを作って妹にプレゼント、か。
 ケーキやぬいぐるみなら見直すところだろうけど、ISは強大な破壊力を持つ、立派な兵器だぞ。銃をプレゼントするより遥かに悪質だ。
 第四世代だと? ふざけるな。それを身に纏った箒の立場はどうなる。
 今まで彼女を苦しんできた自分の勝手な振る舞いについて、詫びの一つもないのか。
 技術者としてはともかく、姉として、大人としては最低だな。


 「これでよし。後はAIの処理に任せれば大丈夫!!」
 そしてさすが天才と言ったところか、世界初の第四世代ISの機体最適化は束の手によって、数分間で終わってしまった。
 深紅な装甲に、二本の日本刀。高機能性に高火力、一部の武装がやや合理性を欠けている気もするが、紅椿の基本スペックの高さは、確かに現存する機体のどれもを凌駕しているかもしれないほどのものだった。
 そして岩から飛び降りて、束はニヤニヤしながら一夏の方に近づいてきた。

 「あっ、いっくん! ちょっと白式を見せて!」
 「あっ? あっ、はい……」
 束に言われて、一夏は素直に白式を展開した。