IS バニシングトルーパー 043
やがてアンジュルグが空中でビルトシュバインを中心に、何回も何回も五芒星を描くような切り刻んだ後に翼を広げて、高く飛翔した。
トドメが来る。喰らったら間違いなく死ぬぞ。
そう頭が理解していても、クリスの体はもう抵抗する気力が残っていない。
体中の傷は塩が撒かれているかのように痛くて、身を動かす力を奪っていき、視界は自分の血で赤く染められている。
出撃前に変なフラグを立つんじゃなかったよ。シャルのナース服姿は見たかったけど。
いや、本当にごめん。心配するなとか、強いとか、すぐ返るとか言ったのに。
上空から剣を構えて急降下してくるアンジュルグに、力を尽きたクリスはそう心の中で土下座しながら目を閉じた。
けれど、彼は気付かなかった。
この空域に侵入してきた味方機マークが一つ、ハイパーセンサーのレーダー画面に映ったことを。
「……っ!!」
標的を仕留めようと真上から超高速の一撃を放ち、エネルギーの刀身がクリスに届く直前に、一筋の粒子ビームが側面からアンジュルグへ襲い掛かり、W17は回避運動を余儀なくされた。
そしてその攻撃の来た方向へ、W17はメキボスと共に視線を向けた。
「あれは……!!」
遠い上空にある、やや暗めの青い装甲を持つ一機のISに、メキボスは驚愕と喜悦が混じった表情になる。
ビルトシュバインと同じタイプのV字アンテナに、蝶状の小型反重力翼、そして曲面フォームの装甲。
あれは報告にあった、元祖ヒュッケバインじゃねえか!!
やはり完成されていたのか!
「チャージ完了、ターゲットインサイト」
ヒュッケバインの装甲を纏ったクールビューティー、リン・マオは冷静そうな表情して、その三メートルまで及ぶ大砲――ヒュッケバインの切り札である「ブラックホールキャノン」の両サイドのグリップを掴み、標的に照準を合わせる。
そして、覚悟を決めた目でトリガーを絞った。
「ブラックホールキャノン、ファイア!!」
低く唸っていた砲口から、重力の弾丸が飛び出し、メキボスへ一直線に飛んでいく。
弾速はそれほど早いものではない。だが、ブラックホールエンジンの技術を運用されたその武器の真の恐ろしさを、メキボスは良く知っている。
「チッ……!!」
その全てを吸い込もうとする黒に向けて思いっきりシールドを投げ飛ばし、メキボスは慌てて振り返って友軍の二機と共に全速で後退する。
シールドも装甲も回避運動も、あの黒玉の前では意味を成さない。逃げるのが、唯一の対応方法である。
直後に、重力の弾丸はメキボスの投げたシールドに命中し、それを暗闇の中に飲み込み、圧縮の限界まで押し潰されていく。
そして、弾丸はその位置で移動を止まり、膨らみあがる。
硝煙を海水を雲を、周囲の全てを闇の中へと引きつり込む勢いで咆哮する。
周辺の気流が激しく乱れ、視界が暗闇に埋め尽くされていく。
射出した時はせいぜい直径半メートルだった弾丸が、見る見るうちに直径二百メートル前後までのブラックホールに膨張し、高速回転する。
このすべてを、安全区域まで後退したメキボスたち三人は、固唾を飲み込んで眺めながら、引き込まれないようにスラスターを吹かすことしかできなかった。
ブラックホールキャノン。その名の通りマイクロブラックホールを撃ち出し、命中した目標を超重力で押しつぶして抹殺する破壊武装。有効な防御手段は現時点では存在しない。
そのあまりの凶悪さゆえに、普段では滅多に使用されない武装であるが。
やがて数十秒、もしかして数百秒が経過した後、その息を詰まらせるほど恐ろしいブラックホールはやっと縮まり始め、巻き込んだものを爆散させた後消えていった。
半球状に欠けたように凹んだ海面に、周囲の海水が流れ込み、水しぶきを上げる。
「……逃げたか」
ハイパーセンサーで確認すると、ビルトシュバインとヒュッケバインの姿はすでにどこにもいなかった。
恐らくさっきの攻撃を放った後、ヒュッケバインはビルトシュバインを回収して直ぐにこの空域から離脱したのだろう。
高周波ソードを振って、メキボスはさっきまでヒュッケバインが居た方向に視線を向けた。
やはりあの事故の後、地球人はブラックホールエンジン技術を封印せずに、完成させたのか。あの不安定なエンジンを安定させ、さらにあそこまで小型化してISに搭載した技術力だけは、さすがだと言わせて貰おう。
必ず、手に入れてみせるさ。
「追いちゃったりございましょうか?」
「いや、今はいい。どうせまた来るさ。それよりアギーハの方は手こずっているらしい。……お前ら、破損状況は?」
W17の提案を即答で却下し、メキボスはアンジュルグとラーズアングリフ・レイブンの機体状況を確認する。
「弓が失っちゃったりしちゃいましたでございますが、戦闘続行は可能でざまりますとのこと」
「こっちもバックパックが破損しましたが、パージすればまだ戦えます」
「……W17、その言語を何とかしろ。通訳機が故障しそうだ」
「わかった」
「では、W17はここで周辺を警戒しつつ待機、ブロンゾ27は俺について来い」
「「了解」」
言葉遣いのおかしいW17をここに迎撃役として残し、メキボスはグレイターキンのスラスターを吹かし、バックパックをパージしたラーズアングリフと共に、銀の福音が去っていく方向へ向かって行った。
*
戦闘空域から離れた海面の道を、一機の青いISが高速で抜けていく。
ブラックホールキャノンを放ち、クリスを危機から助け出したリン・マオが駆る、ヒュッケバインだった。
既にビルトシュバインを解除した、満身創痍なクリスを脇に抱え、リンはIS学園生徒たちのいる旅館へ急ぐ。
密かに潜入したハワイ沖の試験場から、暴走した銀の福音をずっと追ってきたが、まさかあんなことになっていたとは。
「まったく……。私が一歩でも遅かったら、お前は死んでいたぞ」
「すみ、ません……女の子に、見とれ……てました」
なんとか笑顔を作り、クリスは衰弱しきった声でリンに返事を返した。
傷だらけの今では、声を出すことが精一杯だ。
「イルムのやつも、何をやってたんだ」
「……予想外で、すから、はぁ……イルムさんを、責めっ、ないでください」
「お前はもう喋るな」
「はい、五分、間だけ……寝ます。旅館に到着、したら……起こして、ください。すぐに、あれで再出撃し……なければ、銀の福音を……連中は……あいつも……」
「馬鹿を言うな!」
クリスの出血は彼の銀髪とヒュッケバインの装甲の一部を赤く染め、海面に落ちていく。
そんな体での再出撃は、自殺行為と変わらない。
「大丈夫です。俺の、からだ、は……」
言葉を言い終える前に、クリスは瞼を閉じ、静かに寝息を立て始めた。
「……女に心配させるな、馬鹿者」
クリスを抱える腕にさらに力を篭め、リンは眉の間に皺を寄せながら、ヒュッケバインのスピードを上げていくのだった。
作品名:IS バニシングトルーパー 043 作家名:こもも